第176話:ユージュラッドへの帰還③
アルは全てのことを偽りなく伝えた。
ガバランの態度について、森での出来事、リーズレット商会の会長であるラグロスとの出会い、ノースエルリンドでの出来事、そして――氷雷山での戦いのこと。
氷雷山の話が出てくるまではガルボやアンナから質問が挟まれたりしたのだが、氷雷山の話になると誰も遮ることなく緊張した面持ちで聞き入っていた。
「――これが、ユージュラッドに戻ってくるまでの出来事です」
「……アル、お前は森での出来事でユージュラッドを助けただけではなく、ノースエルリンドまで救っていたのか」
「救うって大げさですよ。俺はただ氷岩石が欲しかっただけで、森で魔獣の群れを倒したのも、氷雷山でオークロードを倒したのも成り行きだったんです。それに、俺だけの力ではどちらも成し得なかったんですよ」
「ガバラン君にエルザちゃんだったかしら。アミルダちゃんに聞いたけど、ガバラン君はアミルダちゃんの弟子だったんでしょう?」
「はい。ガバランさんは本当に卓越した魔法師でしたよ。……ヴォレスト先生には振り回されていますけどね」
「らしいな」
最後はレオンが嘆息しながら呟いていた。
「……父上も母上も普通に会話していますが、アルが成し得たことは偉業ではないですか?」
「そ、そうですよ! レベル1だからってFクラスだというのはおかしいと思います!」
ここで声を大にしたのはガルボとアンナだった。
アルの実力を知る者として、この偉業を学園側に伝えてクラスを変更してもらうべきだと訴えたのだ。
だが、当のアル本人が今のままでいいと思っている。
「上のクラスには面倒な貴族のしがらみが出てくるから勘弁してほしいかな」
「しかしだなぁ、アル。お前の実力はFクラスでは絶対に収まらないぞ? このままだといずれAクラスからも睨まれる可能性だってある」
「ガルボお兄様の言う通りです! アルお兄様は実力にふさわしいクラスで勉学に励むべきですよ!」
「……いや、それでも俺は今のままでいいかな」
「どうしてだ? Fクラスにはアルにとって大事なものがあるのか?」
大事なものと言われてアルの頭の中に浮かんできたのは――
「……そうですね。大事なパーティメンバーや友人がFクラスにはいます」
「それは、リリーナ様やクルル様、マリー様のことですか?」
「あぁ。エルクとキースも、俺にとっては大事な友達なんだ」
「そういえば、エルクという少年にはアルお坊ちゃまが剣術を教えることになったと言っておりましたね」
お茶を入れ直していたチグサがそう口にするとアルは嬉しそうに頷いた。
「そうなんだ。エルクが接近戦で自衛ができると安心できるってキースに言われて、心を決めたみたいなんです」
「その程度の覚悟でどれだけの実力を付けられるのかは疑問が残りますが」
厳しい言葉を口にするチグサだが、その心をアルは理解している。
「……ですが、その向上心は褒められるところだと思います」
「……顔が笑っているぞ、チグサ」
「――! ……そ、そのようなことはないかと思います、旦那様」
「いや、笑ってるよ、チグサさん」
「ア、アルお坊ちゃままで!」
チグサが顔を赤くして声をあげると、残りの面々からは笑い声が響き渡った。
そして、話の最後にはアルから氷岩石を見るかという提案が口にされた。
「だが、氷岩石をここで出したら劣化してしまうだろう?」
心配の声をあげたのはレオンである。
ラミアンの説明を一緒に聞いていたので、一定の温度以下の場所に一分以上放置すると劣化が始まることを知っているのだ。
だが、アルは問題ないと笑顔で答えた。
「大丈夫ですよ、父上。本来は少量しか採れない鉱石なんですが、たまたま群生している洞窟を見つけたので結構な量を持っているのです」
「それでも貴重な鉱石なのだろう?」
「すぐに加工をしたり、特別な場所で保管するしかないので持ち込み先もなかなかないみたいなんです」
アルとしては使い道があるだろうと大量に確保していたのだが、氷岩石の性質上管理や扱いが難しいため保管しておくこともできないのだとか。
そのため、今は仕方なくアイテムボックスの肥やしになってもらっている。
「小さな鉱石にはなりますが、とてもきれいな鉱石なんですよ。ちょっと待っていてくださいね」
アイテムボックスを取り出してその中から比較的小さな氷岩石を手に取りテーブルに置いた。
淡い青色の鉱石は光を浴びることで反射光を周囲へと放ち美しく輝いている。
見る角度を変えることでその美しさも姿を変えるので見ているだけでも楽しめる鉱石だった。
だが、ラミアンが言っていた通りに一分程経つと表面に水滴が浮かび上がってくると淡い青色が鉛色へと変化していき、最後には完全に青色が抜け落ちたそこら辺に転がっている石のようになってしまった。
「とても綺麗でしたね、ガルボお兄様!」
「あぁ。だが、それだけに惜しい鉱石だな」
「保存方法が確立されれば、これだけでも観賞用に欲しがる者が出てくるかもしれないな」
「一時の輝きこそが氷岩石の魅力なのかもしれませんよ」
「奥様の仰る通りでございます。氷岩石の魅力はその儚さ、故に美しさが際立ち私たちの目を楽しませてくれるのです」
男性陣と女性陣では感じる部分が違うものだと内心で微笑みつつ、アルはラミアンへ声を掛けた。
「母上、これで俺の魔法装具を作ることができますよね?」
その言葉に全員の視線が氷岩石からアルへと移る。
真っすぐにラミアンを見つめていたアルだったが、そのラミアンが笑みを浮かべたことで心の中に安堵が広がった。
「もちろんよ。あちらの予定を伺って、予定を決めてから向かうことにしましょう」
「あ、ありがとうございます、母上!」
ユージュラッドに戻ってきて一番の笑みを浮かべたアルを見て、家族全員が満面の笑みを浮かべた。
そして、この日は夜遅くまで家族でたくさんの話をした。
アルのことはもちろんだが、ガバランやアンナのこと、レオンとラミアンがアミルダに話をしに行ったことも笑いながら聞いていた。
夏休みも残りわずかとなってしまったが、それでもアルには大きな満足感があったのだった。
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