第173話:ノースエルリンドへの帰還③
――その後、領主と冒険者ギルドより氷雷山に入山規制が掛かっていた理由についての説明が民に対して行われた。
当然ながら誰もが驚きを露わにしていたのだが、その原因となっていたオークジェネラルが討伐されたと発表がなされるとさらなる驚きと共に歓喜の声が響き渡った。
その際、オークロードに関しては情報が伏せられている。
進化した過程がはっきりしていないという理由もあるが、一番の理由は無駄な不安を民に与えたくないというのが領主と冒険者ギルド双方の思惑だった。
すると、当然ながらそんな英雄を探そうと躍起になるのが商人たちである。
自分たちが売り出す道具を使ってもらい宣伝してもらいたいと思ってのことだが、Bランク相当の魔獣を倒せる冒険者がノースエルリンドに滞在していないということで多くの商人が頭を抱えていた。
「本当によかったのですか?」
「えぇ。俺は有名になりたいわけじゃないですし、こうしてリーズレット商会とつながりを持てたので大満足です」
話をしているのはアルとノースエルリンド支店の店長であるスレインだ。
ラグロスはすでにノースエルリンドを発っており、出発の挨拶も兼ねてリーズレット商会を訪れていた。
「アル様に挨拶ができないことを会長も残念にしておられましたよ」
「そう思っていただけただけでもありがたいです」
「私共もトレントジャイアントの良質な素材を手に入れることができましたから、ありがたいことです」
笑いながら話し合っている二人をよそに、ガバランとエルザはせっかくだからと手に入った臨時報酬で装備を整えたいと商品を見て回っている。
静かに見ているガバランとは違い、声をあげながら動き回っているエルザは大量の商品をかごに放り込んでいた。
「上客になるんじゃないですか?」
「ありがたいことですが、一番の上客はアル様でしょうね」
「だといいんですが」
現在、店内にはアルたちしかいない。ならば良いかと思いアルはちょっとした情報をスレインに伝えることにした。
「……ここしばらくは、冒険者ギルドに顔を出していた方がいいと思いますよ」
「……それは、よい素材がギルドに入るということですか?」
「……どういう扱いになるか分からないのではっきりとは言えませんが、もし売り出されたとなればそれなりのものが出るかと」
「……朝昼晩、お店の者を走らせましょう」
そして、二人は無言のまましばらく見つめ合うと力強く握手を交わしたのだった。
ガバランとエルザの買い物が終わり、とうとうノースエルリンドを発つ時がやってきた。
門の前にやってくると、そこにはガッシュと一緒にギルドマスターのフレイラの姿が確認できる。
アルたちは門の前で馬車を停めると、外に出て挨拶をした。
「ガッシュさん、ギルドマスター、お世話になりました」
「いや、世話になったのはこちらの方ですよ、アル殿」
「その通りです、アル君。大手を振って君たちを見送れないのは残念だが、私たちは本当に感謝しているんですからね」
そこまで話を進めると、ふと気になったことをアルが口にする。
「そういえば、領主様に挨拶をしていなかったけどよかったんですかね? オークジェネラルのことは領主様も知っていたんでしょう?」
その言葉にガッシュとフレイラは顔を見合わせるとお互いに思わずといった感じで笑っている。
何事だろうと首を傾げていると、フレイラが右手を上げて口を開いた。
「領主は私よ」
「……えっ? でも、フレイラさんはギルドマスターですよね?」
「ギルドマスター兼ノースエルリンドの領主をやっているの」
「……ガッシュさん、マジですか?」
「がははははっ! マジでございますよ、アル殿!」
全くの予想外にアルは口を開けたまま固まってしまった。
そして、領主と冒険者ギルドからの意見が完全一致するわけだと納得もする。
「しかし、ギルドマスター……領主様と呼ぶべきですか?」
「フレイラでいいわよ。堅苦しいのは嫌いなの」
「……では、フレイラさんのような立場は特殊なのでは?」
「その通り。でも、あまりに辺境過ぎて元々ここを統治していた領主がいなくなっちゃったからね、私がやらざるを得なかったのよ」
「いなくなったって、それは国への反逆罪になるのでは? 勅命があってこの地を治めていたわけですし」
詳しいことは分からないものの、領地を勝手に放り出すことが良いわけがないことくらい理解している。
だが、ここの領主はその勝手が通じる相手だったようだ。
「遠縁とはいえ、ここを治めていたのが王族関係者だったのよ。だから、勝手に出て行ってただのギルドマスターだった私にお役目が回ってきたってわけ」
「……とんだとばっちりですね」
「まあ、そのおかげで好き勝手できているし、贅沢ではないけど民も十分に食べていけているからいいんだけどね」
「私たちはフレイラ様が領主になってくれて助かっているのです。前の領主は何というか、少々自分勝手なところがありましたから」
「あはは、いますよね、そういう人はどこにでも」
アルが苦笑を浮かべると、ガッシュは少々意地悪い顔を浮かべた。
「別れの時に愚痴なんて失礼だったわね」
「いえ、愚痴というよりも驚きの方が強かったので。それに、領主の謎も解けましたからスッキリしてユージュラッドに戻れます」
「近くに寄ることがあれば顔を出してくださいね。歓迎しますから」
「分かりました、ありがとうございました!」
ここでも硬い握手を二人と交わし、アルたちはノースエルリンドを後にした。
ガッシュとフレイラは馬車が見えなくなるまでその場で見送り、そして感謝の気持ちをずっと胸に残していたのだった。
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