第171話:ノースエルリンドへの帰還

 冒険者ギルドへの報告は上へ下への大騒ぎとなった。

 というのも、本来はオークジェネラルの討伐依頼だったものが、上位種であるオークロードだったということで報酬の調整はもちろんのこと、魔獣の進化というイレギュラーも重なり報告書の作成が必要となったのだ。

 ギルド職員がバタバタしているのは分かるが、アルたちは現在ギルドマスターの部屋に案内されている。

 帰り支度もしたいと思っていたのですぐに出て行くつもりだったのだが、詳しく話を聞きたいとギルドマスターに呼び止められてしまったのだ。


「この報告って、ガッシュさんにお願いすることはできないんですか?」

「色々な方向から意見を聞きたいということで、アル殿たちも呼び出されてしまったのだ、申し訳ございません」


 ここでギルドマスターに顔を売っておくのは将来冒険者になる予定のアルにとっては良いことなのだが、今の最優先は剣型の魔法装具をなるべく早く作ることなので気が急いてしまう。


「落ち着け、アル。今日すぐに出発することはできないんだから、少しくらい時間を使っても問題ないだろう」

「そうですけど、準備を終わらせてからの方が後々焦る必要もないかと。そう思いませんか、エルザさん?」

「はひっ!? ……い、いえ、私はギルドマスターに逆らうなんてできませんから!」

「……エルザさん、どうしたんですか?」


 ギルドマスターに呼び出されたと聞いた途端、エルザはずっと緊張したままで背筋も伸びたままになっている。

 緊張が解けた途端に崩れ落ちてしまうんじゃないかと思うくらい体に力が入っているのだが、どうしてここまで緊張しているのかがアルには分からなかった。

 そんなことを考えていると、ドアがノックされて廊下からは受付嬢のノルンと見たことのない一人の女性が姿を現した。


「待たせてしまってすまないね。私がノースエルリンドで冒険者ギルドのギルドマスターをしているフレイラ・フレミングだ」

「お、お初にお目に掛かります! 私はユージュラッドを拠点に冒険者をしているDランクのエルザ・ソルドランと申します!」


 フレイラが自己紹介をするとエルザは突然立ち上がり頭を深く下げて挨拶をしている。

 その様子にアルは口を開けたまま固まってしまい、ガバランは顔を手で覆っている。

 しかし、フレイラは特に気にした様子もなく笑みを浮かべて座るように促した。


「話は聞いています。あなたがCランク冒険者のガバラン・ゾッド。そして、ノワール家の三男でユージュラッド魔法学園に通っているアル・ノワール君ね」

「俺のことも調べているんですね」

「貴族が都市に来た時は情報を共有するよう兵士たちには伝えていますからね。問題が起こってからでは遅い場合もありますから」


 そう口にしているフレイラは笑みを浮かべているのだが、要は面倒事を都市のせいにされたくないという事前策なのだとアルは理解した。


「さて、ノルンから話は聞いているんだけど、当事者から詳しく話を聞かせてもらってもいいですか? オークジェネラルが氷雷山に現れただけでもイレギュラーな事態なのに、さらに進化してオークロードになったなんて、なかなか信じられることではないですから」

「俺たちを疑っているんですか? 兵士長のガッシュさんも証人だというのに?」


 俺がそう口にすると、隣に座るエルザは慌てた様子を見せているが気にしない。

 一方のガバランもフレイラの発言が気にくわなかったのかアルと同じく険しい表情を浮かべていた。


「疑っているわけではないわ。今後、同じことが起きないように対応策を検討するにも情報は小さなことでも多い方がいいと思っているの。ただそれだけのことです」

「……そういうことでしたら」


 ノースエルリンドの為になるならと納得することにしたアルは氷雷山の山頂で起こっていたことを包み隠さず話していった。

 オークジェネラルと遭遇し、そこで討伐間近の時にオークロードへと進化した。そこからアルの炎の剣で紙一重の勝利を手にしたこと。


「オークジェネラルと戦っている時にアル君は一度その場を離れたのね?」

「はい。魔獣が進化するという現場をユージュラッド魔法学園のダンジョンで経験していたので、あの場にソウルイーターがいる可能性が浮かんできました。そして、実際にソウルイーターは存在しました」

「その討伐証明は持っていますか?」

「止めは刺しましたが、状況が状況だったので討伐証明までは。それに、オークロードを討伐した直後に俺は意識を失ったので、オークロードの討伐証明も――」

「オークロードの討伐証明ならありますよ」


 そこで口を開いたのはガバランだった。

 実のところ、ガッシュが冒険者ギルドに報告を行った際にオークロードの討伐証明である剥いだ耳を提出していなかった。


「……ほほう、それを見せてもらったもいいですか?」

「もちろんです。これは、アルが決死の覚悟で討伐した正真正銘、オークロードの耳です」


 丁寧に折りたたまれた包みの中からは、確かにオークロードの耳が現れた。

 その存在をガッシュもエルザも知らなかったので驚きの顔をしていたが、フレイラだけは険しい表情でガバランを見つめる。


「どうしてこれを最初に出さなかったのですか?」

「こうなることは予想できましたからね。アルの手柄が何かの間違いでなかったことにならないよう、手の内に残させてもらいました」


 しばらく睨み合っていたガバランとフレイラだったが、先に表情を崩したのはフレイラだった。


「……そう。ガバラン、あなたが今までどのようなギルドマスターに会ってきたのかは分かりませんが、私は冒険者の手柄を盗むようなことはしませんよ」

「アルはまだ冒険者じゃありませんが?」

「冒険者以外の手柄もです。それに、最初に言いましたが皆さんを疑っているわけではないのですからね」


 オークロードの耳を手に取ったフレイラは隣に立っていたノルンに手渡すと、何やら声を掛けると部屋を出て行く。


「お疲れのところ申し訳ありませんでした。では、貴重なお時間と情報を頂きましたので、こちらから追加の報酬をお渡ししたいと思います」

「「「……えっ?」」」


 報酬については全く聞いていなかったアルたちは顔を見合わせている。

 しばらくして戻ってきたノルンの手には大きめの袋が握られており、とても重量感が感じられる。

 袋がテーブルに置かれて中身を確認した三人は、あまりの大金に固まってしまった。

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