第170話:激戦の後③
そして翌日、アルたちは予定通り二手に分かれて氷雷山の調査に乗り出した。
昨日の内に洞窟の南側は調査が終わっているということで、アルとエルザが西から北へ、ガバランとガッシュが東から北へと調査を進める。
ありがたいことに吹雪は徐々に収まりつつあり、時折晴れ間も見えるようになってきていた。
お互いの場所を確認するために太陽が真上へ来た時にファイアボールを上空へ放つことになっている。それを見て魔獣が集まる可能性もあるが、そこは周囲の気配を確認しながらとなる。
「魔獣がいたら合図が上がらない。その時点で片方はもう片方の方へ駆けつける、でしたよね」
「その通りだ。近づけば戦闘音が聞こえるだろうからね」
確認事項を復唱しているエルザに相づちを打ちながらアルは周囲に視線を配る。
山頂にはガバランたちが言った通り魔獣の気配は一切なく、その形跡すら発見できない。
登頂している時に遭遇したのが逃げ出した魔獣であれば、残っていた魔獣は全てオークロードに喰われてしまったと見るべきだろう。
何もないまま時間だけが過ぎていき、太陽が真上に来たのでアルはファイアボールを打ち上げる。
すると、東側からもファイアボールが打ち上がったのであちらもこちらと同じ状況なのだと察することができた。
「この様子だと、やはりオークロードは北側から上がってきたと見るべきだろうね」
「でも、この先って……」
「そういえば、北側には何があるんですか? 別の国があるとか?」
大きな山を隔てた先が他国であることは珍しくない。
ただし、険しい山の場合は検問などができなくなるので近隣の都市で入国審査を行うことになる。
もし近隣の都市で入国審査をせずに他の都市へ移動してしまうと、不法入国とみなされて捕らえられてしまうこともある。
氷雷山を超えて入国する場合はその役目をノースエルリンドが受け持つはずなのだが、エルザからの答えは意外なものだった。
「いえ、何もありません」
「……えっ? 何もないって、どういうことですか?」
「文字通り、何もないんですよ」
文字通りと言われても理解できなかったアルは首を傾げながらもそのまま調査を続けることにした。
そして、そのまま魔獣やダンジョンの入り口らしきものを見つけることなく、北側でガバランとガッシュと合流することになった。
二人にも北側には何があるのかを聞いてみたのだ、答えはエルザと同じものだった。
「あの、何もないってどういうことですか? 海が広がっているとか、未開の地ということですか?」
「いえ、本当に何もないのです」
「……どういうこと?」
理解できないままでいると、ガッシュが口を開いて説明する。
「アル、ここには何がある?」
「……山に雪、地面もあれば空気もある」
「そうだな。だが、北側にはそのどれも存在しない、本当に
「無って言われても……それじゃあ、その無の中に入ったらどうなるんだ?」
「……分からない。過去に入った人間がいると聞いたことはあるが、その人は戻ってこなかったらしい」
「戻ってこなかったって……」
アルは視線を北側へと向ける。
三人の言葉に嘘はないのだろう。そして、この先には本当に何もなく、無が広がっている。
(……俺は、この世界のことを何も知らないってことか)
生まれてからずっとユージュラッドで過ごしてきたアルにとって、外の世界はあまりにも広く、そして未知の世界でもある。
氷雷山の北側に何があるのか気になるものの、今はその好奇心を優先させる時ではない。
調査を終わらせたアルたちはそのまま洞窟へと戻り、この日はゆっくり過ごすことにした。
※※※※
――そして、翌日。
氷岩石を大量にアイテムボックスへ入れたアルたちは下山を開始した。
オークロードがいなくなったことを察してか、道中では本来生息しているアイスロックバードだけではなく、その他の魔獣も襲い掛かってきた。
オークロードに備えていた行きとは違い魔力を温存する理由はないので、アルはやる気満々で前に出ようとしたのだが――
「アルは」
「病み上がりなんですから」
「下がっていてくだされ!」
三人から止められてしまい、ただ見守ることしかできなかった。
オークロードとの戦いを得てさらに連携が強化された三人が魔獣を取りこぼすということもなく、麓に到着するまでの間は何もすることがない。
こうなればノースエルリンドに到着するまでの間に魔獣が出てきたら有無を言わさず自分が戦おうと思っていたアルなのだが、整備された街道に魔獣が現れることはなく無事に到着したのだった。
「……帰りも、暇だったなぁ」
「よいことではないですか!」
アルの呟きはガバランの笑い声に掻き消され、馬車はそのまま冒険者ギルドへと進んで行くのだった。
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