第168話:激戦の後
「──……ぅ……ぅぅ……」
朦朧とする意識の中で目を覚ましたアルが見たものは、焚き火に照らされた洞窟の天井だった。
少しずつ意識がはっきりとしていくと体を動かそうと試みたが、腕を上げることすら億劫になるほどの怠さを感じてしまう。
腕を上げることを諦めたアルは首だけを横に動かすと、こちらに背中を向けているエルザの姿が見えた。
「……エ……エル、ザ」
囁き声のような小さな声量だったが、エルザは顔を上げて弾かれたように振り返る。
そして、アルと目が合うと顔をくしゃっと崩して泣きそうになりながら近づいて横に座った。
「アル様、お体は大丈夫ですか? ご気分は?」
「……ここ、は?」
「ガッシュさんが見つけてくれた洞窟です。オークロードを倒した後、アル様は倒れてしまったんですよ」
エルザの話を聞きながら、アルは少しずつ思い出していた。
進化したオークロード相手に全滅の危険があったこと、その場の思い付きで炎の剣を作り出して何とか倒したこと、そこで魔力が枯渇してしまい意識を失ったこと。
我ながら無茶をしたと思ったものの、こうして生き残れたのだから構わないかと安堵し息を大きく吐き出した。
「……ガバランさんと、ガッシュさんは?」
「現れた魔獣がオークジェネラルだけではない可能性もあるということで、周囲の警戒に行っています。それに、魔獣が進化している可能性もあると考えれば警戒するに値するということです」
意識がはっきりしていればアルでも同じことをしただろう。
そう考えると二人の判断は的確であり、この場は安心して任せられると首を楽にして上を向いた。
「……俺は、どれだけ寝ていたんですか?」
「丸一日です」
「ま、丸一日!? ア、アイテムボックスは俺にしか使えないのに、大丈夫でしたか?」
まさか丸一日も寝ていたとは思わなかったアルは再び首をエルザの方へ向けたのだが、そこは問題なかったようだ。
「私たちも保存食を持っていましたから大丈夫です。全てをアル様に頼るわけにはいきませんからね」
「そうでしたか……今なら必要な道具を取り出せますが、何かありますか?」
アルの言葉にエルザは食料と水、そして調理道具をいくつかお願いした。
これで精の付く料理が作れると喜んだエルザはアルに断りを入れて調理に入っていった。
その間もアルは上を向いたまま自分が作り出した炎の剣に思いを馳せていた。
あの剣こそ魔法剣と言えるものかもしれないが、あまりにも魔力を無駄遣いしてしまうので実用性には欠けている。
そう考えるとやはり魔法装具で作った剣が必要になると結論付けた。
「……あっ!」
「ど、どうしましたか、アル様!」
突然の声にエルザは慌てて振り返る。
その様子を見たアルはエルザに謝罪し、本来の目的を忘れていたことを口にした。
「いや、氷岩石のことをすっかり忘れていたなと思って」
「うふふ、オークジェネラルやオークロードのことで頭が一杯でしたからね。ですがご安心ください」
「どういうこと?」
エルザは微笑みながら近づき体を起こすと、洞窟の奥が見えるように体勢を変えてくれた。
すると、そこには美しく輝く大量の青の鉱石が壁に群生していたのだ。
「……これは、すごいな」
「炎宝陣の中に入れると融けてしまうので、あちらは範囲外になっています」
「そうか。この氷岩石は元からここの洞窟に?」
「はい。ガッシュさんも驚いていました。氷岩石の多くは外の壁に少量でくっついているようなので、洞窟の中でしかも大量に群生しているのは珍しいんだそうですよ」
「そうなのか……ありがとう、エルザ。できれば壁際に移動したいんだけど、肩を貸してくれるかな?」
「もちろんです」
アルは壁に背中を預けて座り、エルザが料理をする姿を見つめる。
氷岩石が欲しいと一人で氷雷山に登っていたらオークロードに殺されていたか、倒せても猛吹雪の中で身動きが取れず結局は死んでいただろう。
仲間の存在は大切だと、改めて知ることができた。
(俺が死んだ後の騎士団はどうなっただろうか。一緒に戦場で戦った仲間は、友は、従騎士は……)
自分が死んでしまいそうになったからか、前世のことが頭の中に浮かんでは消えていく。
(ヴァリアンテ様は俺をこの世界に転生させてくれたが、その期待に応えられているのだろうか……)
ダンジョンでも、氷雷山でも苦戦を強いられている状況を見て落胆していないだろうか。
そんなネガティブな考え方をしていると、入り口からガバランとガッシュの姿が見えてきた。
「ガバランさん、ガッシュさん! アル様が目を覚ましましたよ!」
「本当か!」
「アル殿、大丈夫ですか?」
「はい。お二人にも本当に助けられましたね、ありがとうございます」
すぐ隣に腰掛けてくれたガバランとガッシュへお礼を口にしたアルだったが、二人の表情はぽかんとしておりどうしたのかと首を傾げる。
「……いやいや、逆だからな?」
「逆?」
「その通りです。我々が、アル殿に助けられたのですよ。本当にありがとうございます」
そして、二人は立ち上がると深々と頭を下げてきた。
手で制しようとしたものの腕が上がらず、アルは慌てて口を開く。
「無理をしたのは俺の方ですし、二人が頭を下げる必要はないですよ!」
「いや、アルがいなかったら俺たちは全員オークロードに殺されていた」
「そして、ノースエルリンドも大きな被害を受けていたことでしょう」
全く引こうとしない三人の様子にクスクスと笑っていたエルザは、この場を収めることができる唯一の言葉を発した。
「皆さん――食事ができましたよ」
久しぶりの美味しい料理を前にして言い合いを続けることなど不可能。
三人は顔を見合わせて頷くと、そのまま食事が始まったのだった。
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