第167話:進化③

 誰が予想しただろうか。否、誰も予想できなかっただろう。

 武器とは物質を加工して作るものであり、現象を固定し形作るものではないのだから。

 しかし、目の前の少年の手の中には確かに炎で形作られた剣が握られており、猛吹雪の中にあって猛々しく燃え上がっていた。


『……ゲゲ……ゲブラアアアアアアアアッ!』


 アルが行ったことの異常さにオークロードも気づいたのだろう、余裕の笑みが一瞬にして消えると有無を言わさぬ速度で地面を蹴っていた。

 この場にいる誰もがその姿を捉えることはできなかっただろう――たった一人を除いては。


「遅い」


 雪が溶かされながら振り抜かれた炎の剣は金の大剣を弾き返すだけではなく、その刀身に巨大なひびを入れてしまう。

 オークロードの腕には強烈な痺れが残っているものの、本人すら気づいていない恐怖がその心を蝕み無理やりにでも体を動かそうとする。


『ゲ、ゲゲゲギャ、ゲブギャラアアアアアアアアッ!!』

「さて、ここからが本番だ――すぐに死ぬなよ?」


 ここからはアルの独壇場となった。

 斬り合ったとしても押され、逃げようとしても追いつかれ、不意を突こうとしても全てが見切られる。

 オークロードが自らの全てを出し尽くそうとしても、その悉くが失敗に終わってしまう。

 その都度、金の鎧が弾け飛び肉体に傷を付けていく。

 それは斬り傷であり、刺し傷であり、炎症であり、どれもが致命傷となり得る攻撃を間一髪で避けてできたものだった。


「なかなか動けているじゃないか!」

『ゲブラアアアアアアアアッ!』

「まるで小鳥のさえずりじゃないか、恐怖のせいで吠え方も忘れてみたいだなあ!」

『ギ、ギギギギイイイイイイイイッ!』


 怒りに我を忘れたオークロードはがむしゃらに金の大剣を振るうが、力任せの一撃すら弾き返されてしまう。

 ひびは広がり、それでも手を休めようとしないオークロードの攻撃を受けていたアルは嘆息しながら鋭い一閃を放つ。


「弧閃」


 ソードゼロよりも、斬鉄よりも鋭く振り抜かれた一閃は、金の大剣を砕くではなく斬り裂いてしまった。

 呆気にとられるオークロードの視線の先では、余裕の笑みを浮かべたアルが映る。


『……ゲギャラ、ゲギャラアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 その瞬間、オークロードの心を恐怖が完全に飲み込んでしまう。

 半ばから断たれた金の大剣を投げ捨てたオークロードは金の大盾を正面に構えると、そのままの体勢で突っ込んできた。


「シールドバッシュ……まあ、その選択肢しか残ってないよな」


 オークロードの巨体から放たれるシールドバッシュとなれば大柄な男性ですら一撃ですり潰されてしまうだろう。それが成人していない少年となればなおさらだ。

 普通であれば恐怖のあまり体が硬直するか、逃げ出そうとするのだろうが、アルはここでも笑みを浮かべながら炎の剣を握った右手を引いて剣先をオークロードへと向ける。

 同様に右足も引くと左半身は前へと突き出された。


「マリノワーナ流剣術――針点しんてん!」


 金の大盾の中心に一ミリのずれもなく炎の剣の剣先が真正面からぶつけられる。

 全ての力がその一点に集中した結果、アルが持つ全ての技術を注ぎ込んだ針点の一撃が金の大盾を砕き、勢いそのままにオークロードの胸部に突き刺さった。


『……ゲ…………ゲギャラアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

「大破斬!」


 確実な最期を迎えさせるために、アルはそこから炎の剣を両手で握り込むと一気に振り抜き胸部から首、そして頭蓋を斬り裂いてオークロードの鮮血を蒸発させた。

 力なき肉体が勢いのままに立ち上がると、数秒後にはゆっくりとバランスを崩して後ろへと倒れていく。

 その姿を横目に見ていたアルの手から炎の剣が消えると、その場で片膝をつき大きく息を吐き出した。


「アル!」

「アル様!」

「アル殿!」


 戦闘が終わりを告げたのと同時に駆け出していた三人から声が掛けられるが、今のアルには返事をしている余裕がない。

 というのも、炎の剣を顕現させている間は常に膨大な魔力が消費され続けており、その反動で魔力が完全に枯渇していた。


「ガバラン殿、急ぎマジックポーションを!」

「アル、早く飲むんだ!」

「アル様!」


 エルザに体を支えられながらマジックポーションを口に含んだアル。


「……がはっ! ……はぁ、はぁ、はぁ……はぁ……」

「アル? ……おい、アル!」

「ガッシュさん、近くに雪をしのげる場所はありませんか!」

「この辺りならば……こ、こちらです!」


 ガッシュがアルを背負い歩き出すと、エルザは周囲を警戒しながら歩き出す。

 ガバランはオークロードの死骸に目を向けると、その耳を削ぎ落して火を点けた。


「……アルの手柄だからな」


 そう呟きを残すと、踵を返してガッシュたちを追い掛けたのだった。

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