第164話:氷雷山⑧
『ゲギャアアアアアアアアッ!』
「ぐおっ!」
「でたらめねっ!」
左肩に受けた傷の痛みから我を忘れたのか、オークジェネラルは棍棒をでたらめに振り回して二人を振り払おうと試みている。
当たれば必殺の一撃になっているが動きが単純になった分その動きを読むのは容易い。特に歴戦の兵士であるガッシュから見れば回避するだけでなく棍棒を受け流すことも可能となってきていた。
「ガバラン殿!」
「アーススピア!」
棍棒を受け流しながら大盾に攻撃を加えて動きを阻害すると、アーススピアがオークジェネラルに直撃する。
ファイアボルトのように青の鎧を貫くことはできないものの衝撃で態勢を崩すことには成功していた。
「はあっ!」
そこへ斬り込んだのはエルザである。
大剣を巧みに操り蒼の鎧のつなぎ目に刃を滑り込ませてオークジェネラルの肉体を斬り裂いていく。
『ゲギャアアアアッ!』
「こっちからもいくぞ!」
『ゲギャギャッ!』
ガッシュの追撃を受けてエルザへの攻撃を中断せざるを得なくなったオークジェネラルの苛立ちは募る一方だ。
ファイアボルトが攻勢のきっかけにはなったものの、アルはそれ以降手出しをしていない。このまま終わってくれればそれはそれでいいかとも今は思っている。
しかし、そう思っているのも頭の中に残っている嫌な予感が起因していた。
(オークジェネラルはどうしてアイスロックバードを殺して回っていたんだ? 自分の脅威になり得るから? いや、そんな単純な理由ならこの嫌な予感もすぐに霧散するはずだ)
三人が奮戦している中、アルは思考の海に沈んでいく。
どんな些細なことでもいい、この嫌な予感の理由が何なのかを探っていくアルは――一つの可能性に行きついた。
(……アイスロックバードは、喰われている個体もいた。魔獣が魔獣を喰らうというのは、学園のダンジョンでも聞いた話じゃなかったか?)
それはペリナとダンジョンに潜っている時のことだ。
『——周囲の魔獣にも同様の飢餓感を与えて同族を喰らわせてしまう。そして、同族を喰らった魔獣から特異個体が生まれてしまうのよ』
ペリナの言葉を思い出したアルは顔を上げると周囲に視線を向けながら気配察知の範囲を一気に広げていく。
そして――ノースエルリンドとは逆側に続くほど近い山道に小さな魔獣の気配を見つけた。
「ガバランさん! 少しだけこの場を任せます!」
「何か見つけたのか、アル!」
「十分警戒して戦ってください! お願いします!」
最後はガバランの返事を待たずに駆け出したアルは小さな魔獣の気配の方へ駆けていく。
後方からは打ち鳴らされる金属音とオークジェネラルの咆哮が聞こえており、足場の悪い雪の上だということも関係なく全速力で。
小さな気配を視認できるところまでやって来たアルが見たもの、それは――
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……やはり、ここにもいたのかよ――ソウルイーター!」
オークジェネラルはソウルイーターの特徴によって同じ魔獣であるアイスロックバードを喰らっていた。
それだけで終わればよかったのだが、オークジェネラルはソウルイーターよりも実力が上のBランク相当の実力を持つ魔獣である。
「……オークジェネラルは、ソウルイーターすらも喰らったのか!」
ソウルイーターがいつ喰われたのかアルには分からない。
だが、仮にソウルイーターを喰らってなお魔獣を喰らう衝動に駆られているとすればソウルイーターの特徴を引き継いでいる可能性が高い。
そして、そのままアイスロックバードを喰らい続けていたオークジェネラルが行きつく先となれば――
「……あのオークジェネラルは、特殊個体だ!」
アルは息も絶え絶えとなっていたソウルイーターに止めを刺すと踵を返してガバランたちのところへと戻った。
微かだが命を繋ぎ止めていたソウルイーターのせいで魔獣を喰らっていたと考えたい、そう思って止めを刺したアルだったが――その思いは脆くも崩れ去ってしまった。
『ゲバゲバゲバゲバゲバゲバゲバゲバアアアアアアアアアアアアッ!』
三人の攻撃によって討伐寸前となっていたオークジェネラルだが、空を見上げて今まで以上の大咆哮をあげると――その肉体が内側から盛り上がり進化を再開させた。
青の鎧が吹き飛び、内側から外皮が裂けて鮮血が飛び散るのとほぼ同時に大きく膨れ上がった筋肉が溢れ出し修復されていく。
それが全身で行われていく中、アルはファイアボルトを頭めがけて全力で放った。
「ファイアボルトオオオオッ!」
「エルザ! ガッシュさん! 下がって!」
「はいっ!」
「おうっ!」
二人はガバランの方へと飛び退いて距離を取り、アルは魔力の温存など気にすることなくファイアボルトをこれでもかと連射していく。
煙が上がり、即座に猛吹雪にさらわれていく。
『ゲバアッ! ゲギャッ! ……ゲガガァァ』
「頼む、このまま死んでくれよ!」
進化を繰り返しながらも片膝を雪に沈めたことであと一息――そう思った矢先だった。
『ゲギャギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
今まで以上の大咆哮が空めがけて放たれたのだ。
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