第163話:氷雷山⑦

 生息域が違う魔獣である。それにもかかわらずオークジェネラルは見た目とは異なる機敏な動きでエルザへと迫っていく。


「ぬおおおおおおおおっ!」

『ゲバラッ!』

「ガッシュさん!」


 そこに割って入ったのはエルザと逆方向へ飛び退いていたガッシュだった。

 歴戦の兵士だけあり、飛び退いたのと同時に顔を上げてオークジェネラルを視認すると、狙いがエルザにあると分かり即座に駆け出していたのだ。

 直剣は確実にオークジェネラルを捉えたものの、青の鎧が刃を受け止めてダメージを与えることはできない。

 それでも足を止めることができたのはガッシュの一撃があったからこそなのだが、素直に止まってくれるほど魔獣は甘くはない。


「こいつ、私を無視するつもりか!」

「それなら、こっちから攻撃してやるわ!」

『ゲバゲバゲバゲバッ!』


 大剣を構えて近づいてきたエルザを見たオークジェネラルは高笑いを放つ。

 何故オークジェネラルがエルザを狙ったのか、それはオークという魔獣が人間の女性を愛玩具として見ている傾向が強いからだ。

 相手が自分の脅威になると判断すれば殺すことを最優先するのだが、現時点では自分がこの場にいる誰よりも強いのだとオークジェネラルは思っている。

 だからこそ自らの欲望に忠実に動いているのだ。


「――アースウェーブ」


 大きく踏み出されたオークジェネラルの一歩、その足元にアースウェーブを発動させたのはガバランだ。

 雪が大量に積もっているとその効果も半減してしまいそうだが、オークジェネラル程の重量があればその足は雪を突き破り地面へと到達する。

 さらに地面の変化が雪によって見えないことも有利に働きオークジェネラルは土の中へ右足を突っ込んでしまった。


『ゲバラッ!』

「これでどうだっ!」

「はあっ!」


 エルザの大剣が脳天へ振り下ろされ、ガッシュの直剣が首へ横薙がれる。

 三人の完璧な連携が決まった――そう思った直後である。


『フングラアアアアアアアアッ!』


 両手を持ち上げるとそのまま地面へ振り下ろす。

 足と同様に拳も雪を突き破り地面へと到達、そして土が捲れ上がると間近に迫っていた二人を吹き飛ばしてしまった。


「きゃあっ!」

「ぐおっ!」

「アーススピア!」

『ゲバラッ!』


 一撃必殺を狙ったガバランのアーススピアだったが、オークジェネラルは大盾を拾い直すと腕を振り抜き払い落としてしまう。


「ならば、アースバレット!」

『ゲバゲバゲバゲバッ!』


 ならばと数で押し切ろうと考えたのだが、体を丸めた鎧と大盾で全てのアースバレットを防がれてしまう。

 右手はいまだに土を捉えており、そのまま力を込めると地面を揺らしながら埋もれた右足を引き抜いてしまった。


「これだけやってダメージなしなの!」

「オークジェネラル、これ程の実力を持っているのか!」

「いや、こいつは普通のオークジェネラルじゃない!」

『ゲババババババババッ!』


 お楽しみは後からだと考えたのか、オークジェネラルは標的をエルザから唯一離れたところに立っていたガバランに変更する。

 ガッシュはすでに動き出していたものの、やはり物理的な攻撃では動きを抑えることは難しい。

 わずかに足は遅くなったものの、それでも刻一刻とオークジェネラルとガバランとの距離は縮んでいく。


「――一発ぶっ放しておくか!」


 そこへ放たれたのはアルの魔力融合であるファイアボルト。

 一点に威力を集中したファイアボルトはオークジェネラルが視認するよりも速くその肉体へ到達する。

 それでも感覚的なものなのだろうか、直撃の瞬間に体をわずかに逸らせたことで急所を外して青の鎧を貫き左肩に深手を負わせた。


『ゲギャアアアアアアアアッ!』

「仕留め損ねたか」


 ガッシュから寒さを防ぐ首飾りを事前に借りていたアルは雪の中からオークジェネラルの動きを観察していた。

 急所は青の鎧に覆われており、鎧に覆われていない部分への警戒は常に行っている。

 ならばとアルは青の鎧を貫くことができる一撃なら警戒も解けるだろうと踏んでいたのだが、その思惑は失敗に終わってしまう。


「ガッシュさんとエルザさんは無理をしない程度にオークジェネラルの動きを抑えてください! ガバランさんは二人に攻撃が集中しないよう魔法で威嚇を!」


 アルの奇襲は失敗した。ならば後は正面から叩き潰すのみ。

 オールブラックを使ってのファイアボルトなら青の鎧を貫くことも可能だと証明された今なら力押しも正攻法になるだろうと考えたのだが――


(……何故だ、嫌な予感が頭の中から離れないな)


 オークジェネラルの瞳はアルを見ている。自らに傷を付けたアルを。

 その瞳が通常のオークジェネラルよりも黒く濁り、狂気を帯びていることに誰も気づくことができないでいた。

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