第160話:氷雷山④
猛吹雪の中の野営がどういったものなのかとアルは心配していたのだが、地元民であるガッシュがその点は準備万端整えてくれていた。
「こちらです」
「おぉ……すごい、こんな洞窟があるなんてよく知っていましたね」
「私も氷雷山には時折登りますからな」
野営ができる場所は山の中にいくつか存在している。
平地になっている場所、山の恵みが手に入る場所、そして今いる洞窟のように寒さを凌げる場所などだ。
「ですが……」
「ささささ、寒いですううううぅぅ」
それでも、ガバランやエルザが言う通り完全に寒さを凌げるわけではなく、猛吹雪なのだから洞窟の中といえども寒いものは寒い。
「だからこその炎宝陣なのです」
「これですよね?」
アルはアイテムボックスから炎宝陣を取り出して手渡すと、ガッシュは四人の中央に炎宝陣を置いて微量の魔力を注ぎ込む。すると、暖かな赤い光を放ち周囲へと広がっていく。
光は炎宝陣を中心に半径五メートルほどまで広がり円を描くようにドーム型の結界を作り出した。
「……すごい、暖かくなりましたよ!」
「これが炎宝陣ですか」
「炎宝陣があれば外でも活動できますね!」
三人が興味深げに炎宝陣を見つめていたが、ガッシュが一つ忠告を口にする。
「エルザ殿、さすがに猛吹雪の中では使えませんよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。炎宝陣は一定空間を暖かくして外気温を遮断してくれますが、それにも限界があります。洞窟の中だから耐えられる気温まで暖かくできていますが、外ではほとんど効果はないでしょうな」
ここでも大笑いしているガッシュだが、そのことを知らなければアルたちは確実に遭難していたことだろう。
「……ガッシュさん。もしかして、俺たちを心配してついて来てくれたんですか?」
ガッシュがいなければ洞窟の存在を知ることはできなかっただろう。仮に炎宝陣が猛吹雪の中でも使えると勘違いして三人だけで入山していれば、今頃は遭難していたかもしれない。
「やはり案内人は必要だろうと思っていましたからな」
「……ありがとうございます」
「ですが、私も皆様のお役に立ちたいと考えていたのもまた事実です。こうして私の剣で魔獣を倒し、ノースエルリンドを普段の姿に早く戻したいですからな!」
常に笑顔のガッシュだが、簡単に言えることではない。
猛吹雪の氷雷山の登頂を目指すのもそうだが、その先にはオークジェネラルが待っているのだから命の危険は大いにある。むしろ、危険の方が間近に存在しているかもしれない。
それでも自ら名乗り出て同行してくれているのだから、ガッシュの決断は相当な覚悟が必要だっただろう。
「それと、一つ気になっていたことがあるのですが」
「なんですか?」
「リーズレット商会ではあまり保存食を購入していなかったようですが?」
「あぁ、そこですか。でもまあ、普通は不思議がりますよね」
冒険者も兵士も遠出をする時は基本的に保存食で済ませるのだろう。
アルはアイテムボックスでは時間の経過がないことを説明し、食材は新鮮なものを購入しているのだと伝えた。
「もちろん、お肉もありますよ」
「おぉっ! まさか、今回の登山の最中に肉を食べられるとは思ってもいませんでしたよ!」
「アルのおかげで俺たちもノースエルリンドまでの道中、美味しい食事にありつけたからな」
「私もアイテムボックスが欲しいですよー」
周囲に魔獣の気配はないのだが、料理中はガバランとガッシュにやることはなく見張りを買って出てくれた。
誰かが警戒してくれているというだけでも安心感は段違いのようで、エルザはホッと胸を撫で下ろしていた。
しばらくして料理が出来上がり、ガッシュが見張りに立つということで三人が先に料理を堪能する。
ノースエルリンドで新しく手に入れた調味料を使ったこともあり、味見はしたのだがガバランの口に合うか緊張して見ていたのだが──
「……これは、また美味いな」
そんな感想が溢れたことでアルは密かに拳をグッと握りしめていた。
先に食事を終えたアルがガッシュと見張りを交換するために炎宝陣の中から出たのだが、外は非常に寒くガッシュとガバランはよく耐えられたなと感心していた。
だが、そこはちゃんと対策がなされていたようだ。
「これを首から下げてください」
「これはなんですか?」
「装備者の魔力を吸収して結界を作ることができる道具です。魔力を常に使うので一人で長時間の使用はできませんが、交換しながらの見張りでは必需品なんですよ」
「へぇ。それじゃあ、微量の魔力で持続的に発動する炎宝陣はすごい道具なんですね」
そう口にしながら首飾りを受け取ると首から下げて魔力を注ぎ込む。
すると、先ほどまで感じていた寒さが無くなりじんわりと暖かい空気が体を包み込み始めた。
「……おぉっ! これもすごい。魔力を常に使うと言いましたが、これくらいなら一日くらいは常時発動できそうですね」
「い、一日ですか……どうやら、アル殿は本当に規格外なのですね」
「そうですか?」
「……自覚なし、ですか」
苦笑を浮かべながらガッシュは軽く頭を下げて洞窟の中へと消えていく。
アルが警戒を始めて一分ほど経つと、洞窟の中からガッシュの嬉しそうな声が聞こえてきたことで再びグッと拳を握りしめたアルだった。
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