第159話:氷雷山③

 氷雷山の麓は閑散としている。入山規制をしているのだから当然なのだが、それでも山の中からは異様な雰囲気が漂ってきていた。


「……空気が重いですね」

「アルもそう感じるか?」


 アルの何気ない呟きにガバランが同意を示す。

 エルザとガッシュは特に何も感じていないようだが、それでも注意する必要はあると二人は考えていた。


「ガッシュさん、目撃情報はどの辺りが多いんですか?」

「山頂付近ですね」

「それじゃあ、俺たちの目的も同時に達成できそうですね」


 どうせ山頂を目指すならついでに氷岩石も手に入れようという算段だ。

 そもそもの目的がついでになっていることにガバランは苦笑を浮かべており、アルが本気でオークジェネラルを討伐するつもりなんだと改めて納得する。


「それでは調査を始めましょう」


 アルの号令を受けて入山するのだが、隊列はエルザとガッシュが先頭を歩き、アルを中央に置いてガバランが最後尾となる。

 実質、最も実力の高いアルが前衛と後衛のサポートをするという一番難しい配置になってしまったが、当のアルは特に気にしていない。むしろそれが当然だと受け入れている。


「本当は最後尾から見ていて欲しいんだがな」

「前衛も後衛もできる俺が中衛にいるのは当然ですよ」

「絶対に魔獣を通しません!」

「私も全力で戦いましょう」


 麓付近はそこまで吹雪いているという感じは受けなかったが、二時間ほど進むとガッシュの言ってい他ことをすぐに理解することになる。


「うおっ!」

「急に風が、強くなりましたね!」

「さ、寒いいいいぃぃっ!」


 エルザだけが情けない声をあげているが、ガッシュはこれくらい当然だと吹雪の中を笑っている。


「がははははっ! 山頂はこれ以上に吹雪いております、これくらいでへこたれていてはオークジェネラルを見つける前に凍死してしまいますぞ!」

「ひいっ!?」

「ガッシュさん、あまり脅さないでください」

「おぉ、すみませんな、アル殿!」


 それでも笑い声を絶やさないガッシュだったが、それがパーティの雰囲気を和ませていた。

 緊張しすぎることなく、緩和しすぎることなく、程よい緊張感を持って進むことができている。

 そして──入山して始めて魔獣と遭遇した。


『ゴオオオオォォ……』


 現れたのはアイスゴーレム。

 体長三メートルほどの大きさで物理的な攻撃では硬質な外殻を貫くことは難しいものの、火属性の魔法が弱点であり魔法耐性も低い魔獣である。

 土属性が心の属性であるガバランだが、火属性のレベル2を持っているので積極的に攻撃へ参加してもらう。


「フレイムランス!」

『ゴオオオオッ!』

「よし、溶けた部分に斬り掛かれ!」

「「はい!」」


 ガバランの合図を受けてエルザとガッシュがアイスゴーレムに飛び掛かる。

 両肩にフレイムランスを受けたアイスゴーレムの右からエルザが、左からガッシュが斬撃を浴びせると硬質だった外殻が脆くなっており両腕が地面に落下した。

 そのまま攻勢を仕掛けた三人の活躍でアイスゴーレムはすぐに討伐された。


「急造とはいえ素晴らしい連携でしたね」

「ガッシュさんが合わせてくれたからですよ」

「はい! ガッシュ様、さすが兵士長ですね!」


 お互いに褒め称えている三人を見ながら一人取り残されているアル。


「あの、俺の出番は……」


 その後もアルを除いた三人が活躍する中でアルだけが光景を見ているだけだった。


「……はぁ。俺も戦いたい」


 そんな願いが通じたのか、アイスゴーレムやスノーホーンといった単体で行動することの多い魔獣ではなく群れで行動する魔獣が姿を現した。


「あれは、アイスウルフか」

「数は……一〇匹以上いますね」

「雪の上では土属性も効果が薄いか」


 思案顔の三人を見てようやく自分の出番がやってきたと思ったアルは意気揚々と前に進み出る。


「……ふっふっふー! ようやく俺の出番がやってき──」

「俺が範囲殲滅でファイアボールを乱れ撃つ。おそらく抜けてくるだろうから、そいつらを各個撃破だ」

「分かりました!」

「承知した!」

「……あれ?」


 しかし、ここでもガバランの指示はアルを省いた二人へ飛ばされた。

 指示通りにガバランがファイアボールを放ったものの間を縫ってアイスウルフが迫ってくる。

 だが、ガバランもむやみやたらにファイアボールを放っているわけではない。アイスウルフが上手く二人の方向へ逃げるように誘導している。

 故に──アルの方へは魔獣が一匹も抜けていくこともなく、結局三人でアイスウルフの群れを倒してしまった。


「……俺の、出番」


 結局、入山一日目はアルの出番は一切なかったのだった。

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