第158話:氷雷山②

 氷雷山まであと少しまで差し掛かり、アルは話が途中だった件について聞いてみた。


「ガッシュさん、氷雷山の本当の主というのはなんのことですか?」

「あぁ、そういえば話の途中でしたな。氷雷山の山頂を縄張りにしているアイスロックバードのことです」


 空を自由に動き回り様々な攻撃を仕掛けてくることでBランク冒険者であっても苦戦は必至、単独での討伐は不可能とまで言われている強敵だ。

 仮にオークジェネラルと戦っているところへアイスロックバードまで現れたとなれば全滅もあり得るかもしれない。


「そのアイスロックバードがオークジェネラルを攻撃することはないんですか? 縄張りを荒らされている状況ですよね?」


 魔獣同士が戦わないということはないだろう。実際にユージュラッド学園のダンジョンでは魔獣を喰らってソウルイーターが生まれている。

 ダンジョンでは喰らい、外では喰らわないなどということはないだろう。


「低ランクの魔獣同士が喰らい合うことはあります。しかし、高ランクの魔獣は自らが生き残ることを最優先に行動するのでわざわざ危険な橋を渡ろうとはしないのです」

「同士討ちが狙えればと思ったんですが、そうはいかないみたいですね」


 苦笑を浮かべるアルに対してガッシュは笑っていた。


「まあ、魔獣が我らの思い通りに動いてくれれば楽なことはないんですがね」

「仰る通りです」


 話題を変えるためにアルは他に生息している魔獣について聞くことにした。


「全てが雪や氷に関する魔獣ですね。アイスウルフ、アイスゴーレム、スノーホーンなどがいます」


 群れで行動することの多いアイスウルフはオールブラックの素材にもなっているブラックウルフと似た魔獣。

 アイスゴーレムは単体で行動していることが多く、硬質な外殻を有している。

 スノーホーンは比較的大人しい魔獣なのだが、一度でも敵と判断した相手には執拗に襲い掛かってくる巨大な角が特徴的な魔獣である。


「どの魔獣もDランク相当の魔獣なので、皆さんなら問題なく倒せるでしょう」

「エルザに経験を積ませるにはもってこいかもしれないな」

「そんな! ガバランさん、一緒に倒しましょうね? ね!」

「俺が戦ってもいいんですか?」

「アルは護衛対象だからダメだろう。むしろ、オークジェネラルを見つけるまでは魔力を温存しておいてくれ」

「……言っていることがだいぶ矛盾していますね」

「……仕方ないだろう」


 馬車の中は賑やかで、これからオークジェネラルを討伐しにいくとは到底思えない。

 しかし、それも氷雷山に到着するまでであり、近づくにつれてアルたちの表情には緊張が浮かび上がってくる。

 特にエルザの手には力が入っており、最初に口数が減っていったのも彼女だった。


「緊張しすぎですよ、エルザさん」

「……すみません」

「きっと大丈夫です。ガバランさんもいますし、ガッシュさんも同行してくれました。俺も全力を賭して戦いますから」

「……そうですね。私も全力でアル様を守ります!」

「当然だろう」

「ガバランさん、なんで私にだけそんな厳しいんですかー!」

「がははははっ! エルザ殿は面白い方ですな!」

「ガ、ガッシュさんまでー!」


 士気は上々、最初は緊張していたエルザだったが、彼女のおかげでアルたちも笑顔を取り戻すことができた。

 そして――ついに氷雷山へと到着した。


 ※※※※


 ――氷雷山の山頂付近、ここは本来アイスロックバードが縄張りとしている場所である。

 しかし、現在ではその姿がどこにも見当たらず、まるで何かから隠れているのではないかというくらいに静かなものだ。

 そして、その何かが猛吹雪の中を地響きを起こしながら一歩ずつ歩いている。


『……ゲゲゲゲゲゲッ!』


 醜い声で笑うその手には小さな個体である逃げ遅れたアイスロックバードが首をへし折られて握り潰されている。

 同じBランク相当の実力を持つ魔獣同士、お互いに敵対しないよう攻撃することを避けることが多いのだが、この魔獣に関しては例外だった。

 故に、アイスロックバードも迂闊に近づくことができず静観の構えを見せている。

 いったい何処から現れたのか、ここは自分たちの縄張りだったのではないのか、そのような疑問も頭の中で入り乱れていた。


『ゲゲゲゲ――ゲハッ!』


 そして、あろうことか魔獣はアイスロックバードに頭から齧り付き、そのまま咀嚼を始めてしまった。

 魔獣が魔獣を喰らう。低ランクの魔獣であればよく見る光景だが、高ランクの魔獣がそれをするのはほとんど見かけない。それこそ、圧倒的実力差がなければあり得ない光景だ。

 Bランク相当であるはずのオークジェネラルが、同じBランク相当のアイスロックバードを喰らっている。

 すでに一般的なオークジェネラルとは一線を画しているその個体は、見えないところで進化を始めているのだった。

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