第157話:氷雷山

 翌日、アルたちは朝早くから行動を開始した。

 入り口の近くではライラさんが掃除をしており、アルたちが起きてきたことに驚いていた。


「あら、おはようございます。もう出発されるのですか?」

「はい。もしかしたら数日は戻らないかもしれませんが、お気になさらないでくださいね」

「冒険者というのは大変なお仕事なんですね。そうだ、ちょっと待っていてくれませんか?」


 そう言ってライラは食堂の方へ小走りでいってしまう。

 何事だろうと顔を見合わせていると、ライラが小さな包みを持って戻ってきた。


「これ、よかったら道中で召し上がってください」


 ライラが持ってきたのは三人分のサンドイッチだった。


「でも、これって他の方へのものじゃないんですか? それに私たちは注文もしていませんし」

「うふふ、すぐに作れるから大丈夫よ。それに、ガッシュさんが紹介してくれたってことは何か大事な依頼なんでしょう? 詳細は聞きませんが、気をつけていってきてください」


 笑顔でそう言われてしまうと断るわけにはいかないと、アルはありがたく包みを受け取ることにした。

 そのままライラと別れたアルたちは予定通りに兵士の詰め所へとやって来た。


「おはようございます、ガッシュさん」

「おはようございます、アル殿。それにガバラン殿とエルザ殿も」


 挨拶もそこそこにアルたちはすぐに出発した。

 早朝から出発したのには理由があり、急ぎの案件だということもあるがそれ以上に他の冒険者の目を避けたいという意図があった。

 全ての目を避けることは難しいかもしれないが、それでもガッシュが一緒なら正式な調査依頼で氷雷山へ入山するのだろうと変な推測をされることもないだろう。


「それなら冒険者の目があっても問題ないのではないですか?」

「いえ、冒険者の中には自分たちへはそういう依頼がなかったと騒ぎ出す者もいますので、可能な限りは減らしておきたいのです」

「大抵、そういう風に騒ぐのは低ランクでくすぶっている冒険者ですがね」


 ガッシュの懸念にガバランが補足を足してくれた。

 実際に低ランクでくすぶっているような冒険者のほとんどは素行が悪くランクを上げることができていない。そうなると夜は飲んだくれることが多く早朝に行動している数はとても少なくなる。

 早朝に行動している冒険者のほとんどは新人冒険者や高ランクの冒険者が多いのだが、現在ノースエルリンドに高ランク冒険者は滞在していない。

 冒険者としての経験が足りない新人冒険者だけとなればガッシュが一緒というだけで怪しむということはなくなるのだ。


「ノースエルリンドから氷雷山まではどれくらい掛かるんですか?」

「馬車で一時間ほどになります」


 ノースエルリンドからも見えていたのだが、氷雷山はとても高い標高を持つ山だ。

 それを丸一日で登頂してしまう下山してしまう熟練者はどのような人物なのかと気になってしまう。

 だが、それはあくまでも普通の氷雷山の話であり吹雪いている場合はその限りではないとガッシュは口にする。


「そもそも、熟練者であれ吹雪いている氷雷山を登頂しようとするもの好きはおりません。このように吹雪いている時には氷雷山の本当の主が現れますからな」

「本当の主?」

「アルは知らないのか?」

「知らないで氷岩石を欲していたなんて、さすがはアル様ですね」

「……それ、貶してますよね?」


 エルザの態度もだいぶ砕けてきている。これが素の性格なんだろうとアルは苦笑を浮かべる。

 貴族と冒険者。本来なら軽んじるだろう相手が逆になっている立場なのだが、それを良しとしているアルはガッシュから見てもおかしな相手だった。


(……だからこそ期待ができるというものか)


 正直なところ、ガッシュはアルの実力を疑っていた。

 昨日の詰め所でのやり取りでは貴族の我儘だと感じ、冒険者ギルドでの素材買い取りに関してはガバランとエルザの手柄を横取りしたのだと思い、リーズレット商会との関係性も貴族だからこそのものだと思い込んでいた。

 しかし実際は我儘ではなく本気でオークジェネラル討伐を考えており、魔獣もアルが本当に討伐しており、リーズレット商会との関係も自らで構築している。

 ならばBランク相当の実力を持つオークジェネラル討伐も可能だと信じることができた。


「そうそう、アル殿に一つお願いがあるのですが」

「何ですか?」


 そして少しでも戦いに集中できるようにとこんな提案を口にした。


「私の前でも普段と変わらずお話しください。ガバラン殿やエルザ殿と話をしている時は俺と言っているでしょう?」

「あー、まあ、そうですが……」

「使い分けるのも面倒でしょうし、その方が普段通りに戦えることでしょう」

「……じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな」


 本当に些細なことだろう。もしかしたら全く意味のないことかもしれない。

 それでもガッシュにとってはやれることは全てやるべきだと考えている。それが故郷であり、友が暮らすノースエルリンドを守るためならば。

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