第153話:宿屋

 次に向かった場所は宿屋である。

 兵士長としてよく都市の中を見回っているガッシュは顔が広く、宿屋の店主とも飲み仲間だということでオススメの宿屋を紹介してもらった。


「いらっしゃい! って、なんだガッシュかよ」

「なんだとは酷いな。ちゃんと客を連れてきたってのに」

「お、おじゃまします」


 ガッシュの後ろから顔を出したアルを見て、残念そうな表情から一変して営業スマイルを浮かべた店主は誰かに声を掛けた。


「はいはい、いらっしゃいませ」

「ガッシュの紹介だ、よくしてやってくれ」

「はじめまして。私は店主の妻でライラ・シルフィーと申します」

「俺はデゴワ・シルフィーだ!」

「お世話になります」


 ガバランとエルザがライラに対応してもらい手続きを進めていくと、アルはガッシュとデゴワの会話に耳を傾けていた。


「なあ、まだ氷雷山の入山規制は解除されないのか?」

「まあな。この猛吹雪だし仕方がないだろう」

「とは言ってもよう、これくらいの吹雪で入山規制になるなんてなかったじゃねえか。……ここだけの話、何か出たんじゃねえのか?」


 デゴワの推測は的を射ている。

 現地の人しか知らないことだが、現在の氷雷山は確かに猛吹雪に包まれているものの入山が規制されるような吹雪ではない。だからこそ炎宝陣という道具が作られているわけであり、疑問に思う者も少なくはなかった。


「変なことを言うんじゃない」

「だがよう、そろそろ規制にも限界があるんじゃねえのか? 入山ルートを外して入山しようとする輩が出てくる可能性もあるだろう」

「そうさせないのが俺の仕事だ」

「連れてきてくれた客も、氷雷山目的なんじゃねえのか? なあ、そうなんだろう?」


 突然話を振られて驚いたものの、アルは正直に答えることにした。


「そうですが、規制が掛かっているなら仕方ありませんよ。ギリギリまで待ってみて、もし無理なら諦めて帰ります」

「ほれ、そうじゃねえか。こんな客を帰してたら、将来的に誰もノースエルリンドに来なくなっちまうぞ?」

「分かっている。だが、仕方ないだろう」


 困ったように溜息をついたガッシュの表情を見て、デゴワは視線を逸らせて頭を掻く。


「……すまん」

「いや、宿屋を営んでいるお前の心配も分かるからな。だが、信じてくれ」

「それこそ分かってるよ。お前がノースエルリンドのことを考えてくれていることくらいな」


 お互いに苦笑を浮かべている様子に、アルは口にはしないまでもオークジェネラルの討伐は必ず成功させなければならないと思っていた。


「アル。護衛の都合上、俺と同じ部屋になるがいいか?」

「構わないよ」

「あの、私も同じ部屋で構いませんけど?」

「いや、年頃の女性と同じ部屋というのは外聞が悪い」

「だけど、私だけ一人部屋だなんて……」


 ガバランが正論を告げているのだが、エルザは一人部屋を贅沢だと思っているのか申し訳なさそうに呟いている。


「エルザさん、俺も気にしてませんから。たまにはゆっくり休んでください」

「アル様……その、ありがとうございます」


 エルザが納得したことで部屋の鍵の準備を始めたライラを見て、アルは小声でガッシュに声を掛ける。


「……明日は詰め所で構いませんか?」

「……問題ありません、お待ちしております」


 宿屋の入り口でガッシュと別れたアルたちはそのまま部屋へと案内され、晩ご飯までは休憩を取ることにした。

 アルとガバランは部屋に入り一息つくと、ガバランから声を掛けてきた。


「……アル、今回の依頼について、問題にしないでくれて本当に助かった」

「急にどうしたんですか?」

「いや、ちゃんと謝罪をできていなかったからな」

「そう? 謝罪はしっかりと受けたつもりだったんだけどな」


 笑いながらそう口にしたアルはベッドに腰掛けて肩を竦める。


「全く、アルは本当におかしな依頼人……いや、おかしな貴族だな」

「おかしいは余計じゃない?」

「いいや、必要だろう」


 冗談交じりにそう口にすると、お互いに声をあげて笑ってしまった。

 エルザには休憩と伝えていたのだが、アルとガバランは明日のオークジェネラル討伐に向けて話し合うつもりでいる。エルザを休ませたのは単純に疲れが出ていたからだ。


「精神的にも疲れているようだったからな」

「あぁ。フォローは入れたつもりだけど……明日は頑張ってくれるかなぁ」

「エルザも一端の冒険者だ、心配するな」

「……そうですね」


 依頼人であるアルが依頼を受けてくれた冒険者を信じないで誰を信じるのだと思い直し、アルはそう口にした。


「だが、オークジェネラルか。正直、予想外の大物だよ」

「……ガバランさん。話し合いをする前に、俺の実力を教えておこうと思います」

「そうだな。情けない話だが、俺たちの中で一番強いのはアルだろう」

「そう思いますか?」

「聞かなくても分かる。だが、一応聞いておこう」


 妙に確信を持ってそう口にするガバランに苦笑を浮かべながら、アルは魔力融合が扱えることを説明する。剣術に関しては森の中で見せているので説明不要だったのだが、ガバランは大きく嘆息を漏らした。


「はああぁぁぁぁ……うん、アルは確実にBランク相当の実力を持っているよ」


 そんな言葉が聞こえてきたのは、魔力融合の話をしてすぐのことだった。

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