第152話:リーズレット商会

 ガッシュの案内でやって来た場所はノースエルリンドの中心に位置する商店街。

 一際大きな建物の前で立ち止まると、ここが目的地なのかと呆気に取られてしまう。


「ここが、リーズレット商会ですか?」

「はい。リーズレット商会はカーザリア全土に支店を構える大きな商会ですが、ノースエルリンドの支店はまだ小さいと思いますよ」

「……これで、小さい」


 クルルから商人の娘と聞いた時には入学金も安くはないと思っていたが、リーズレット商会からすれば安い金額だったのかもしれない。

 そんなことを思いながら中へ入ると、ちょうどラグロスがカウンターの前で店員と思われる人物と話をしていた。


「いらっしゃいませ! ……おや、アル様ではないですか」


 話を中断してまで声を掛けてくれたので、アルは申し訳ないと思いながらも口を開く。


「こんにちは、ラグロスさん。早速お世話になりに来ました」

「おぉっ! そうでしたか、ありがとうございます。でしたら私がお相手いたしましょう」

「いえ! お仕事の話をされていたようなので、こちらで見て回りますよ」

「いらっしゃいませ、アル様。会長から話は伺っております。こちらの話は終わりましたのでお気になさらず。それに、お客様が最優先でございますからね」


 そう口にしたのは先ほどまでラグロスと話をしていた店員である。彼はノースエルリンド支店の店長でスレイン・ギムレットと名乗った。

 スレインが一礼してその場を離れたこともあり、アルはラグロスの厚意に甘えて一緒に店の中を見て回ることにした。


「上の立場の方とは思っていましたが、会長だったんですね」

「あぁ、外では名乗りしかしていませんでしたか。まあ、たまに支店を巡っては観光をしている隠居会長ですよ。それで、本日はどのような物をご所望ですか?」


 ほほほ、と笑いながらも来店の目的を確認してきたラグロスに対して、アルは氷雷山を登頂するための装備を整えに来たことを告げる。


「氷雷山ですか? ……まさか、オークジェネラルの討伐をお受けになったのですかな?」

「えっと……ガッシュさん?」


 オークジェネラルについては情報規制がされているはず。ここでアルが肯定していいものか迷ってしまいガッシュに助けを求めた。


「あぁ、言い忘れていましたね。リーズレット商会には我々から協力要請をしているので、情報に関してはご存じなのですよ」


 実際に討伐を受けた冒険者が準備をするために商会を訪れることもあるだろうと、誰にも口にしないことを約束したうえで事前に伝えられていたのだ。


「ふむ……ですが、オークジェネラルはBランク相当の魔獣ではなかったですか?」

「だからですよ。私たちなら倒せる可能性がありますし、何より私の目的が氷雷山の山頂にしか存在しない氷岩石なので、どちらにしても討伐は必須なんです」

「そうでしたか。であれば――」


 そこからは冒険者ギルドの待合室で話し合った内容をラグロスへ伝えて必要な道具を揃えてもらった。

 ガッシュが口にしていた魔光石から携帯食料、野営道具も一新して購入していくのだが、その中に一つだけ気になるものを見つけて手に取った。


「これは……」

「面白いものを手に取りましたね」


 アルが手に取ったものを見てラグロスはそう口にする。


「ラグロスさん、これはなんですか?」

「寒さを遮断するための道具です。名を炎宝陣と言います」


 一定の空間を暖かくし、そして外気温を遮断してくれる炎宝陣は高価なことから穏やかな氷雷山を登頂する時は不要とされている。

 だが、荒れている場合は通常の防寒具では心もとなく必須の道具とされていた。


「今の氷雷山は猛吹雪に包まれております。ですから、炎宝陣は絶対に必要です」

「そうですか……ちなみに、ここにある金額で足りますか?」


 アルは査定金額の入った袋をラグロスに手渡した。

 一枚ずつ硬貨を数えていき、そして数え終わるのと同時にニコリと笑みを浮かべる。


「問題ございません。むしろ、余るくらいでございます」

「そうですか、それは安心しました」


 ホッと胸を撫で下ろしたアルだったが、ラグロスは顎に手を当てて何かを考え込んでいる。

 その様子に首を傾げているとラグロスも気づいたのか苦笑を浮かべながら口を開いた。


「これだけの金額を手に入れたということは、それ相応の魔獣を討伐したということ。ガバラン殿はCランクと仰っていましたし、ランク以上の実力者なのかと」

「いえ、ラグロス様。本当の実力者はアルでございます」

「ほほう、それはどういうことですかな?」


 野営の時には話していなかった内容である。

 アルとしてはこのまま知らずにいて欲しかったのだが、クルルからダンジョンでの話も聞いているだろうからラグロスも予想はしていたのかもしれない。


「ほほう、トレントジャイアントですか」

「はい。それも結構な巨木だったようですが、それをすれ違いざまに倒したようですよ?」

「ふむ……スレイン!」

「はっ! 行ってまいります!」


 話が終わりに差し掛かるとラグロスがスレインに声を掛け、スレインも分かっていたかのように返事をすると即座に店を飛び出した。


「何事ですか?」

「冒険者ギルドへトレントジャイアントの買い出しへ向かわせたのです。アル様、もしよろしければ今後はリーズレット商会に卸すこともお考えいただけませんか?」

「……えっと、その話は冒険者になってからということでいいですか?」

「えぇえぇ、よろしくお願いいたします」


 ラグロスの笑顔に圧力を感じながら、アルは必要な道具を購入してアイテムボックスに入れるとリーズレット商会を後にした。

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