第142話:和解と理由
森の中の魔獣を相当狩っていたからだろうか、夜中の内に襲撃を受けるということはなかった。
ガバランが心配していた盗賊がいたならそちらの襲撃があるかもしれないと思っていたのだがそちらもない。
結局、誰が何のために魔獣を放置したのかは推測の域を出ないままノースエルリンドへ向かうことになった。
森を抜けてからの道中は問題なく進むことができた。
魔獣も一匹、二匹程度は現れるが群れでなければガバランの相手ではなく視認してから一分と掛からずに討伐されてしまう。
魔法が苦手なエルザですら役目を果たせない状況で少しだけ愚痴を溢していた。
「依頼主が安全な立場にあるならそれに越したことはないだろうに」
ガバランの言うことはもっともなのだが、それでもエルザは肩を落としていた。
昼の休憩はガバランも一緒だった。
昨日のやり取りの中でガバランの中に変化が起きたのは間違いないのだが、アルには心当たりが全くない。
とはいえ、今の状況はアルが望んだものなので何も言わないことにした。
「森を出てからは何もないので、犯人は森を中心に動いているということですかね」
「それなら森を調べ上げることができれば何か掴めるだろう」
「それじゃあ、帰ってくる頃には全てが終わっていそうですね!」
楽観的な考えを口にしたエルザだったが、ガバランはそう思っていないようで険しい表情を崩さない。
「ああいうことを考える輩は、逃げる方法を一番に考えることが多い。森に調査が入った途端に逃げ出す可能性もあるだろうな」
「そうなると厄介ですね。別の場所で同じことが行われるか、月日を置いて行われることも考えられる」
「そこはギルドの手腕が試されるところだろうな」
アルも頷きを返しながら食事に舌鼓を打っていたのだが、ふと気になっていたことを思い出してガバランへ質問を口にする。
「そういえば、ユージュラッドを出発した時に依頼内容が氷岩石を手に入れると知らない様子でしたが、誰から依頼のことを聞いたんですか? 俺はてっきりヴォレスト先生から聞いたものだと思っていたんですけど」
「その通りだ」
「でも、それじゃあどうして依頼内容を完全に把握していなかったんですか?」
アミルダが伝え忘れるとは到底思えずそう聞いたのだが、ガバランは突然体を震わせながら恨み節を口にし始めた。
「あの人はいつもそうだ! 大事なことは一切言わずに依頼を持ってくる! 今回だって本来は俺が受ける予定ではなかったはずだ!」
「えっと、そうですね。なんかすみません」
「いや、お前は……いや、あなたは悪くない。悪いのは師匠なんだからな!」
「……師匠?」
まさかの発言にアルは口を開けたまま固まってしまった。
「そうだよ! アミルダ・ヴォレストは俺の師匠なんだ!」
「……ええぇぇぇぇ」
学園長としてのアミルダしか見ていないアルとしては、実力はあるものの師匠としてはどうだろうかと考えてしまう。
その考えは弟子であるガバランも同じなのか片手で顔を覆いながら嘆息していた。
「……昨日遅れたのも、受ける予定だった依頼を受けられなくなったとギルドに寄っていたせいなんだ」
「えっ! で、でも、それって大丈夫なんですか?」
「あぁ。今回は師匠の一筆が入った手紙を持っていったからな。失敗とはみなされない」
「ヴォレスト先生って、どれだけ影響力を持ってるんだよ」
学園長というだけでは冒険者ギルドに影響を及ぼすことはできないだろう。闇属性研究で名を馳せたことで影響力を得ているのだろうか。
「……その、昨日は、すまなかった」
「へっ?」
そして、突然謝られたことに驚き固まってしまった。
「師匠に無茶振りをされてしまい、依頼主であるあなたに当たってしまったのは冒険者として失格だ」
「あー、いや、そういう事情があるなら仕方ないと思うよ」
「だが……」
「ヴォレスト先生に振り回されている人は結構いますからね。それに、これでも人を見る目はあると思っているので」
ゾランのように敵対心しか見られない相手には容赦しないが、ガバランからは当たりは強くとも不思議と切り捨てるという選択肢がアルの中で浮かんでこなかった。
アルベルトとして数多くの人たちと関わってきたことで培われた人を見る目が、ガバランがそこまで悪い人間ではないのだと本能的に察していたのかもしれない。
「……これからは、気をつけます」
「うーん、なんかむず痒いかも」
「えっ?」
言葉使いに気をつけた話し方をしたガバランだったが、どうやらアルには不評だったようだ。
「ガバランさんはさっきまでの話し方が似合ってます。暴言でもなく、丁寧すぎるでもなく、冷静な感じで話をする方がね」
「……全く、あなたは変な依頼人ですね」
「そうですか?」
「そうですよ」
ここに至り、アルとガバランは初めて顔を見合わせながら笑みを浮かべた。
何がここまで距離を詰めさせたのか事情を知らないエルザだけが二人の間で視線を往復させ、最終的には首をコテンと横に倒したのだった。
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