第141話:森を進み
ガバランの説教は長く続くと思われたが、魔獣が跋扈する森の中ではそういうわけにもいかなかった。
二人の負担を減らそうとアルも馬車から飛び出そうとしたのだが、ぎろりとガバランに睨まれてしまい大人しく座っている。
だが、それでも問題なく魔獣を蹴散らしてくれているので本当にアルの出番はなかった。
特にガバランの魔法は卓越しており一撃で確実に魔獣を仕留めては燃やしてしまう。
時間的にもほとんどロスすることなく道程を消化していった。
結果として、野営を行う時にはギリギリ森を抜けることができた。
それでも森のすぐ近くで野営を行うということでガバランとエルザは交代で見張りを行うと口にする。
ここでも口を挟もうとしたアルだったが、今回はエルザから遠慮して欲しいとお願いされてしまった。
「あの、私が冒険者だという自信を失ってしまいそうなので」
「あ、分かりました」
アルがやり過ぎたせいでエルザの自信を知らず知らずのうちに奪っていたようだ。
何事もやり過ぎは良くないと思い直したアルは、せめて食事くらいは美味しいものをと思いこっそり回収していた魔獣を取り出して料理を始めた。
「あの、料理も私がやりますよ?」
「最初の見張りはエルザさんでしたよね? だったらこれくらい俺がやりますよ。それと、ガバランさんも一緒ですからね?」
「俺は一人で食べる」
「だったらできた料理を持って行ってください。自前のものがあるのかもしれませんが、それだけでは足りないでしょう?」
「……分かったよ」
嘆息しながらではあったがガバランはその場に留まってくれた。
そのことにアルは喜び、笑顔のまま料理を作り終わると器によそってガバランに手渡す。
すると、すぐに離れるのかと思ったがその場に留まり料理を口にしてくれた。
「美味しいですか?」
「……あぁ」
「よかった。それじゃあ、エルザさんもどうぞ」
「ありがとうございます!」
三人で焚き火を囲み、そして今日起きたことを話し合う。
「魔獣の放置、あれは誰かが意図的に行ったことだと思いますか?」
「分からんな。だが、あれが意図的でなければもっと質が悪すぎる」
「そうですよね。そんな冒険者がいたら大問題ですよ!」
怒りを露にするエルザとは対照的に、ガバランはずっと何かを考えているように見える。アルはそれが何なのかが気になりガバランから視線を放さない。
その視線に気づいたのか、ガバランは慎重に自分の考えを口にした。
「……あくまでも推測だが、可能性は二つあると思う。一つは盗賊が隊商を狙うためにわざとやったか」
「考えられますね。護衛が疲弊した状態なら楽に制圧できるかもしれませんし。それで、もう一つは?」
アルが続きを促すと、ガバランは顔をしかめながらも口を開いた。
「あまり考えたくはないが……あの森に一番近い都市はユージュラッドだ。もし森の中で魔獣のスタンピードが起きてしまったら、危険が真っ先に及ぶのがユージュラッドということにもなる」
「ということは、誰かユージュラッドに恨みを持つ者の仕業だということですか?」
「推測の話だ、確証はない」
「でも、そうなるとあの二人は大丈夫でしょうか?」
今の話が正しければ、恨みを持った誰かが事の成り行きを見守っていたかもしれない。そうなればみすみす調査を許すだろうかとエルザは心配を口にする。
「その点は問題ないと思いますよ」
「どうしてですか?」
アルがはっきりと口にしたにもかかわらずエルザの心配は尽きない。
だからというわけではないがアルはその理由を説明した。
「周囲の気配を探っていましたが、数キロ先まで人間の気配はありませんでしたから」
「……えっ? す、数キロ先って、そんな遠くまで気配を探れるんですか?」
「はい。……えっ、冒険者の方々もそれくらいできます、よね?」
「……わ、私はできませんけど、ガバランさんは?」
「俺にもできん。こいつが規格外で常識外れなのは森の中で十分理解したと思ったが、してなかったのか?」
今の物言いには抗議したかったアルだが、エルザが何も言わないところを見るとガバランの意見が正しいようだと理解する。
「……ち、父上の護衛に凄腕の人がいるんですよ! それで、俺も習っていたってだけです!」
「「……」」
「ほ、本当ですよ! なんで無言になるんですか!」
まさか冒険者から規格外と言われるなんて思っていなかったアルは必至になって弁明するのだが、魔獣の群れにナイフ一本で飛び込んで行った時点ですでに普通ではない。
アルの弁明はただただ暗闇の中に吸い込まれていくだけで二人の耳には残らなかった。
「……美味かった」
そして、話は終わりだと言わんばかりに器を床に置いたガバランは後半の見張りに備えてさっさとテントに入って眠ってしまった。
「……エ、エルザさん」
「わ、私は見張りがあるのでアル様も早めに休んだ方がいいですよ!」
「あっ! ちょっと、エルザさーん!」
エルザもそう口にするとすぐに焚き火を離れて森の方へ行ってしまった。
「……俺って、そんなにおかしなことをしたのか?」
単に魔獣に襲われている人間を助けただけなのだが、その行動がアルにとっては裏目に出てしまった一日だった。
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