第139話:森の中
馬車を森の中へと進めて行くと、魔獣の死骸があちらこちらに転がっていた。
鼻を洋服の裾で覆っても異臭はしてくるので気持ちのいいものではない。
ガバランは火属性も持っているようで見つけた魔獣を一匹ずつ燃やして灰にしながら進んでいる。
「魔獣の死骸を残しておくと何か起きるんですか?」
「他の魔獣が臭いに釣られて集まって来てしまいます。そうなると、規模は小さいながらも魔獣のスタンピードが起きてしまい、近くの村に被害が出ることもあるんです」
「くそっ! これだけの魔獣を放置するなんて、どこのバカだ!」
悪態をつきながらも灰にする作業を止めることはなく、ガバランへの評価を上方修正したアルは横へ移動すると自らも火属性を使って魔獣を燃やし始めた。
「俺も手伝いますよ。ガバランさんにはできるだけ魔力を温存してもらいたいので」
「……助かる」
お礼を言われたことに驚いたが顔には出さずに左側をアルが、右側をガバランが処理していく。すると、森の奥から爆発音が聞こえてきた。
「マナー違反の冒険者ですかね?」
「たぶんな。しかし、あの威力の魔法を放てるということは、同じCランクの冒険者か?」
そう口にしたガバランの表情は険しい。馬車の中にいるエルザの表情など少し青ざめているように見えた。
「ランクが同じだと諫める時に問題があるんですか?」
「あぁ。最悪の場合、冒険者同士で争いになることもあり得る。……ここまで進んでおいて悪いが、やはり道を変えよう」
ガバランはすぐに判断を下すと馬車を引き返そうとする。
しかし、それをアルが良しとしなかった。
「いいえ、向かいましょう」
「……話を聞いていなかったのか? このまま進めば争いになる、貴様に危険が及ぶと言っているんだ!」
「それは道を変えても同じでしょう。ここの魔獣が森を四方八方へ逃げ回れば、そいつらが襲ってくる可能性もあるわけですしね」
「ア、アル様、ここはガバランさんの言う通りに引きましょう。その方が安全ですから」
エルザも揃って説得を行っているのだが、アルの考えが変わることはなかった。
「大丈夫ですよ。何かあれば俺が何とかしますから」
「……ア、アル様が、ですか?」
「貴様、魔法装具を持っているからと調子に乗っているんじゃないのか?」
確かにオールブラックの性能は非常に高い。アルの全属性持ちで全属性が心の属性というのも相まっている。
しかし、アルの自信は魔法ではなく剣術による部分が大きかった。
「魔法装具を関係ありませんよ。大丈夫、行きましょう」
「……何が起きても知らないからな!」
「ちょっと、ガバランさん!」
「行くぞ!」
「……も、もう! アル様のバカ!」
「バ、バカですか!?」
まさかエルザからバカと言われるとは思っておらず驚きを露わにしたが、それでも馬車を進めながら前方へ意識を集中させる。
魔獣の気配が多数ある中で人間の気配は二つ。それも囲まれている状況のように感じられる。
最初は怒っていたガバランだったが、状況を把握したのか馬車を進める速度が心なしか速くなった。そして――
「エルザ、飛び込め!」
「えっ、えっ? わ、私ですか!?」
「遅いよ、エルザさん!」
「アル様!?」
懐から斬鉄を抜き放ち馬車から飛び出したアルは前方に見えた魔獣の背中から斬り掛かる。
群れの中央で取り囲んでいた人間に意識が集中していたのか成す術なく斬り裂かれた魔獣は熊のように巨大な体躯を誇るブルベアーだった。
「しっ!」
そのまま魔獣の間を駆け抜けながら斬鉄を閃かせて急所を的確に貫いていく。
この時点で魔獣もアルの存在に気づいたものの、警戒すべき相手は一人だけではない。
「アーススピア!」
広範囲を狙うアースバレットではなく、一撃の威力が高いアーススピアで確実にブルベアーを仕留めていくガバラン。
遅れたもののエルザも馬車を飛び出して直剣で数の多いホワイトウルフを斬り捨てていく。
嬉々として斬鉄を振るっているアルだったが、気づけば魔獣に囲まれていた人間のところまで到着していた。
「……まさか、女の子二人の冒険者パーティだとはね」
一人は桃髪を左右で纏めたツインテールの少女。そしてもう一人は赤髪で勝気な顔立ちの少女だった。
赤髪の少女は右手に短剣を握り桃髪の少女を庇うようにして立っていたのだが、魔獣を睨みつけながらもカタカタと震えている。
「あ、あなたは?」
「通りすがりの者です。手助けに来ました」
「に、逃げて! この数だと、あなたまで巻き添えになるわ!」
「大丈夫ですよ。頼りになる護衛もいますし、この程度の魔獣なら問題にもなりませんからね」
そう口にしたアルは近くに立っていた魔獣の首を瞬歩を使いながら落としていく。
あまりの速度に何が起きたのか理解できなかった二人の冒険者は目を見開いたまま固まっている。
後方からは魔法による爆発音も聞こえてきており、魔獣の数も目に見えて一気に減ってきたことで二人は少しずつだが落ち着きを取り戻し始めていた。
そして――数分後には死を覚悟していた二人の周りには魔獣の死骸しか転がっていないのだった。
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