第138話:魔獣の襲撃

 御者にはガバランが就いている。

 当初は口論になりかけたものの、ノースエルリンドでの依頼破棄を持ちかけると嫌々ながらも従ってくれた。

 尊大な態度を取るガバランですら嫌がる依頼破棄がどういったものなのか聞いてみたかったが、そうも言っていられなくなってしまう。


「エルザ! 魔獣の襲撃が来るぞ!」

「わ、分かりました!」

「前方に魔獣らしき気配がありますね」


 魔獣の襲撃にはアルも気づいていたので口にすると、エルザだけではなくガバランも驚きの視線を向けている。

 アルとしてはできて当然の芸当なので特に気にする様子もなく言葉を続けていく。


「ですが妙ですね。何かから逃げているような必死さが感じられます」

「……なるほど、そういうことか。俺が魔法で数を減らすから、エルザは近づいてくる魔獣を仕留めろ! いいか、一匹も討ち漏らすなよ!」

「はい!」


 ガバランは魔獣が複数いることに気づいているのだろう、指示を飛ばしながらも馬車を停めて襲撃に備えている。


(指示は的確、動きも機敏。協調性があればなお良しなんだけどなぁ)


 そんな場違いなことを考えていると、前方に見える森の奥から白い毛並みの魔獣が姿を現した。


「ホワイトウルフが五匹!?」

「臆するな! ――アースバレット!」


 ガバランは檄を飛ばしながら魔法を放つと、地面から石礫が無数に飛び出していく。

 前を走るホワイトウルフは横へと飛び退き回避したが、後ろの二匹には命中して体を石礫が貫通し地面を赤く染めていく。


「俺が右の二匹を仕留める、エルザは左の一匹をやれ!」

「分かりました!」


 アルの視線は剣を抜くエルザに注がれている。

 剣を扱う人物をチグサしか見たことのないアルにとって、エルザの実力がどれほどなのかは気になるところだ。

 扱うのは直剣であり、身長に似合わず刃長が長い。筋力が無ければ剣に振り回されてしまうのではないかと思ったのだが、その点の心配は無用だった。


「はああああああああぁぁっ!」


 機敏に動き回るホワイトウルフの動きを先読みし、飛び込んできたタイミングで直剣を横薙ぐ。

 大きく開かれた口から刀身が滑り込み、胴体までも両断した剛剣を前にアルは武者震いをしている。

 そのまま視線を右へと向けたのだが、ガバランはすでに二匹のホワイトウルフを仕留めており、アーススピアによって串刺しになっていた。


「お疲れ様です、ガバランさん、エルザさん」

「ふん! これくらい造作もない」

「お疲れ様でした、アル様!」


 対照的な反応に苦笑を浮かべたものの、気掛かり一つある。


「動きが雑でしたね。やはり、何かから逃げていたんでしょうか? ガバランさんは何かに気づいていたようですが、分かりますか?」

「……森の中で別の冒険者と戦闘を行い、逃げてきたと考えられる」


 今回は無視されることなく、アルの質問へ素直に答えてくれた。


「冒険者として、そのような行為は普通なのですか?」

「そのような行為というのは何を指しているんだ?」

「そうですねぇ……逃げる魔獣の先に別の誰かがいてもその魔獣を見逃す行為、とかですね」

「……普通ではない。むしろ、軽蔑される行為だ」

「そうなると、この先にはマナー違反の冒険者がいるということですね」

「ど、どうしましょう、ガバランさん? 道を変えますか?」


 エルザが懸念しているのは、また同じようなことが起きるのではないかということだ。

 冒険者が自分本位で戦い、倒せない魔獣を見逃せば見逃すほど周囲にいる別の誰かに迷惑が掛かってしまう。その誰かが自分たちであることは一目瞭然だった。

 依頼を受けた状態の二人からすると依頼主の安全を考慮して別の道を行く選択肢もあるのだが、マナー違反を犯している冒険者を諫めるのもまた冒険者の役目でもある。


「……道を変える。少し遠回りにはなるが、予定が遅れることはないだろう」

「そうですよね、よかった」


 ガバランの選択にホッと胸をなでおろしたエルザだったが、二人の様子を見たアル口を挟んだ。


「何か悩んでいたようですが、他にも懸念があるんじゃないですか?」

「貴様には関係のないことだ」

「ありますよ。俺が依頼主です、話を聞かせてくれませんか?」

「……」

「あの、ガバランさんはマナー違反の冒険者を諫める必要を考えているんだと思います」

「お前、今は依頼中なんだぞ!」

「冒険者を諫める、ですか?」


 アルはガバランを手で制すと、エルザから冒険者のマナーについて簡潔に教えてもらった。

 冒険者が冒険者を諫めるという点においては正しいと思う。同業者なのだから支え合うのは当然のことだ。しかし、それは相手が格下だった場合の話ではないかと考える。


「相手が自分たちよりも上のランクだった場合はどうするんですか?」

「ランクを上げるには相応のマナーも必要となる。ギルドが認めた者以外、ランクを上げることはできないんだよ」

「ですから、マナーが悪い冒険者は基本的に下のランクの方が多いんです」


 二人はそう言っているが、ということは実力があってもマナーが悪くて下のランクでくすぶっている者もいるということではないだろうか。


「……もしお二人が良ければ、このまま先に進みませんか?」

「……いいのか?」

「ちょっと、ガバランさん! アル様まで何を言っているんですか!」

「いえ、ちょっと確かめたいこともありますし、何よりマナー違反の冒険者を放っておいては被害が広がる可能性もありますからね」

「……貴様がそういうなら、そのまま進もう。ついでに違反を犯した冒険者を諫めても構わないんだよな?」

「あぁ、大丈夫だよ。それくらいの時間はあるだろうしね」


 アルが笑顔でそう口にすると、ガバランは表情は変わらないものの軽く頭を下げていた。

 しかし、エルザだけは心配そうな表情をずっと浮かべていたのだった。

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