第133話:夏休み
夏休みまではパーティの二人やエルクたちとダンジョンへ潜ったり、アミルダのために素材を採りに下層へ潜ったりと、基本ダンジョンにいることが多かった。
特にエルクたちと潜る時には剣術を教える約束もしていたので、それこそ誰も来ないだろう階層まで進む必要があった。
主にアルが戦うとしても前回到達した八階層が限界だったが、ここでもほとんどの生徒が来れないということで剣術の訓練も始めている。
最初は慣れずに木剣を落としたり、近くの木にぶつけたりしていたのだが、徐々にではあるが形になっていく過程を見ているとアルベルトとして指導していた従騎士のことを思い出してしまう。
それでも、今はアル・ノワールなのだと自分に言い聞かせて対等の目線でエルクの指導に当たった。
有意義な時間の過ごし方だった。
そして、有意義だったからこそ時間が過ぎるのはとても早く感じている。
一週間があっという間に過ぎていくと――夏休みに突入した。
※※※※
「――父上! まだ出発できないのですか!」
アルは屋敷の入り口で護衛がやってくるのを今か今かと待ちわびていた。
夏休みに入りすぐにでも出発できると思っていたアルだったが、護衛の選別が予想以上に難航していた。
理由は一つ、後から口を挟んできたアミルダのせいである。
「こちらが選んだ護衛に対して文句を付けてきたのはアミルダだ。私のせいではないよ」
「だからと言って、夏休みに入ってもう五日が経過しているのですよ! ようやく出発できると思ったら、そのヴォレスト先生推薦の冒険者が遅れていると聞きますし!」
「落ち着きなさい、アル。ほら、どうやら来たようですよ」
ラミアンが見ている方向へ目を向けると、通りの奥から一台の馬車がゆっくりと入り口の方へと進んでくる。
「……歩きの方が早いのではないですか?」
「ユージュラッドを出れば足を速める。都市の中で速く走らせるわけにはいかんだろう」
剣のことで頭がいっぱいのアルはのろのろと進んでいる馬車にイライラしていたのだが、御者の姿を目にするとイライラが一気に吹き飛んでしまった。
「も、申し訳ございません、お待たせしました~!」
御者を務めている女性の腰に、アルが求めてやまないものが差さっていたからだ。
「け、剣じゃないですか!」
「あなたが護衛対象のアル・ノワール様ですね! 私は冒険者のエルザ・ソルドランと申します!」
「ん? 護衛は二人のはずではないのか?」
御者を務めていたエルザに対してレオンが質問を口にすると、馬車の中から長身で優男風の男性が姿を現した。
「お初にお目に掛ります、レオン・ノワール様。私が護衛のガバラン・ゾッドと申します、以後お見知りおきを」
「ガバラン殿、あなたも護衛なのでしょう。どうして馬車の中にいるのかな?」
日差しの強い中で女性に御者をさせていること、そして遅れたのはガバランの方だったこともありレオンは厳しい口調で問い掛けた。
「馬車の中と外で護衛をする必要がございます。エルザはDランクと下のランクではありますが近接戦を得意とする冒険者なので御者をお願いしております」
「ならば、あなたは何を得意としているのか?」
「当然ながら、私は魔法を得意としています。ランクもCランクと上のランクでございますので、馬車の中から護衛をしようと考えております」
これは決定事項だと言わんばかりに口を動かしているガバランを見て、レオンもそうだがアルも危険な臭いを感じ取っていた。
どうしてアミルダがガバランを選んだのかは分からないが、何か意図があるのだと思いたくなってくる。
「ガバラン殿の意見は承知した。しかし、御者は交互に行うこと。疲れが出て護衛として機能しないでは意味がないのでな」
「……依頼主の願いでは仕方ありませんね。分かりました、休憩を挟んでからは私が御者を務めることにいたしましょう」
「アル、それでいいな?」
「もちろんです、父上」
笑みを浮かべているものの、心の奥では何を考えているのか。アルはガバランという冒険者を見極めなければならないと感じていた。
「では、出発いたしましょう! 北にはノースエルリンドという大きな都市がありますから、まずはそちらを目指そうと思います!」
エルザが大きな声でそう伝えると、アルはガバランと共に馬車へ乗り込むとレオンとラミアンに一礼して出発した。
馬車が見えなくなるまで見送っていた二人だったが、レオンは踵を返すとすぐに行動を起こす。
「アミルダに会ってくる」
「私も行きましょう」
夏休みではあるが、アミルダが学園にいることは把握済みである。
二人はいつもよりも早足で歩き出すと学園へ向かったのだった。
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