第130話:本気の模擬戦②
お互いに飛び退き回避するものの、大量の水は地面に激突するのと同時に周囲へと広がりを見せて襲い掛かってくる。
こうなることを把握していたチグサはさらなる回避行動へすぐに移れたのだが、アルは一歩遅れてしまう。
その瞬間を見逃さなかったチグサが追撃を仕掛ける。
「ウォーターランス」
「水から、槍か!」
「ウッドロープ」
「ちいっ!」
迫る水から槍が飛び出し、さらにその下からウッドローブが足を絡め取ろうと襲い掛かる。
足元から迫る攻撃に意識が自然と下へと向いてしまう。
それこそがチグサの狙いだった。
「首元が疎かですよ」
「そんなことは、分かってます!」
──カンッ!
首を打つ音ではない、硬質な何かを叩く音。
アルの首にはいつの間にか金属の棒が巻き付いており、それがチグサの木剣を防いでいた。
「まさか、実戦の中で金属性を!」
「それこそすでに実践済みなんですよ!」
「しまっ──!」
一瞬の驚愕、一瞬の硬直、そして一瞬の称賛。その全てがチグサに一秒に満たない隙を作り出し、アルはそこを見逃さなかった。
チグサの喉元には寸止めされた剣先が存在していた。
「……お見事です、アルお坊ちゃま」
「……あ、ありがとう、ございます!」
荒い呼吸を何度も繰り返し息を整えようとするアルだったが、チグサは軽く息を吐き出すだけ。本当に今の戦いが本気のものだったのか疑いたくもなる。
そんなアルの心情を察したのか、チグサは笑みを浮かべて今のが自分の本気なのだと言葉にして伝えた。
「私は立場上、感情をあまり表に出さないようにしているのです。これでも、疲労困憊なのですよ」
「……すごいですね。全くそのようには見えませんよ」
「そのように鍛えていますから」
クスリは笑い、その表情と言葉から嘘偽りがないと理解したアルは苦笑する。
「まさか、チグサが負けるとはな。本当に手は抜いていないんだな?」
そこへ驚きつつも声を掛けてきたのはレオンだ。
「はい、本気でお相手をさせていただきました」
「今の言い方だと、父上は俺が負けると思っていたみたいですね」
「私はチグサの実力を知っているからな。だが、アルは勝ってみせた」
「はい」
「……全く、お前は私の想像を簡単に超えていくのだな」
そこでようやく笑みを浮かべたレオンはアルの頭を優しく撫でる。
「ならば、私も約束を果たさなければならないか」
「ということは、氷雷山行きを認めていただけるんですね!」
「あぁ。冒険者はチグサと相談して決めさせてもらうが、夏休みには出られるよう依頼を行おう」
「あ、ありがとうございます、父上!」
「ふふ、子供らしい笑みもできるんだな、アルは」
「むっ! 俺はまだ子供ですが?」
怒ったふりをしながらそう言うと、レオンはわしゃわしゃと頭を撫でてその場から離れていった。
チグサも冒険者を相談するために一礼をしてからレオンに続く。
残されたアルの下に駆け寄ってきたのはアンナとガルボ、その後ろからラミアンがゆっくりと歩いてきた。
「ちょっと、アルお兄様! 氷雷山へ行くと言うのは本当なのですか?」
「俺も聞いていないぞ、アル!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「うふふ、レオンの部屋での話でしたものね」
うっかりしていたアルは苦笑しながら、氷雷山へ向かう理由を二人に説明した。
ガルボはアルの剣術を今もダンジョンでも目の当たりにしていたので納得顏なのだが、アンナは頬を膨らませて怒っている。
「……夏休みは、お兄様に色々と教えてもらおうと思っていたのに!」
「そうだったのか? ごめんな、アンナ」
「……いえ、いいんです。私も勝手にそう思っていただけですから」
「エミリア先生にご指導してもらえれば間違いない。そうですよね、ガルボ兄上」
「その通りだ。そうなんだが……まあ、アルの場合は色々と規格外だから何とも言えないな」
「えっ、そこは同意してもらわないと困りますよ!」
仲良く言い合っている三人を見つめているラミアンは笑みを浮かべ、アンナとガルボの肩に手を回した。
「二人も十分な実力を持っているわ。この夏休みの間にどれだけ成長できるか、氷雷山から帰ってきたアルに見せつけてやればいいのよ」
ラミアンの言葉にアンナは大きく頷き、ガルボまでが拳をグッと握っていた。
「アンナは分かるけど、ガルボ兄上まで?」
「お前が安心して冒険者になれるよう、頑張らないといけないからな」
「わ、私はお兄様に褒めてもらえるよう頑張ります!」
「いや、もう十分褒めていると思ったんだがな」
「まだまだですー! そうだ、今から私に魔法を教えてください!」
「い、今からか!? 俺、めっちゃ疲れてるんだけど」
「嫌です! 今からじゃないと許しませんからね!」
両手をバタバタさせながらそう口にする。アルが頭を掻きながら頷くと、ガルボもその輪の中に入っていった。
「では、私も行きますね」
「はい。ありがとうございました、母上」
ラミアンは笑顔の三人に手を振り屋敷に戻るとレオンの部屋へと向かう。
「さて、どのような冒険者が選ばれるのか……うふふ、楽しみだわ」
心なしか足取りが軽くなっている自分に気がつき、ラミアンは年甲斐もなく心が弾んでいるんだと喜んでいた。
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