第129話:本気の模擬戦

 食堂での一件があってからというもの、アルに忌避の視線を送る者は少なくなっていた。

 ゼロではないものの、この程度なら学園生活に支障は出ないだろうと安堵し、その予想通りに日にちは過ぎていく。

 そして夏休みまであと数日と迫った頃──アルはチグサとの模擬戦を明日に控えて高揚を隠しきれなくなっていた。


「ついに明日はチグサさんとの本気の模擬戦か。剣技だけなら勝ち越せるようになっているけど、魔法が加わるとどうなるのか……ふふ、楽しみでしょうがないな!」


 アルもそうだが、選択肢が一つ増えるだけでも戦術の幅は大きく広がる。

 チグサの戦い方を見るに、アルは細かな魔法を幾重にも重ねてくるだろうと予想を立てていた。


「機先を制し、常に先手を取り、自分優位で立ち回る。このどれか一つでも俺が上回ることができれば勝機はあるはずだ」


 実際の戦い方は対峙して見てから決めることになるが、それでも可能性を少しでも潰しておきたいと思うのは、それだけチグサが強敵だということだ。


「……よし、今日はもう寝よう。体力を温存することが一番大事だからな」


 ベッドの端に座って考えていたアルは立ち上がるとヴァリアンテの神像に向けて両手を胸の前で重ねて祈りを捧げる。


「明日の模擬戦、全力を尽くしたいと思います」


 祈りが終わりベッドに横になったアルは意識的に自らを深い眠りへと誘っていった。


 ※※※※


 ――そして、模擬戦の当日。

 屋敷の裏庭にはアルとチグサ、そしてレオンがいるのは当然なのだが加えてラミアンとアンナ、さらにはガルボまで立ち合いを希望して姿を見せている。

 キリアンは今日も政務に就いているのでこの場にはいないが、たまに屋敷へ戻る時に話は聞いていたようでとても残念がっていた。


「アルお坊ちゃま。今日は魔法を交えた私の全力をお見せしたいと思います」

「ありがたいです。俺も今できる全力を持って応えたいと思います」

「模擬戦の機会は今日だけではないが……そんなことを考えてはいないようだな」


 レオンの言葉にアルは強く頷いて答えてみせた。

 確かに模擬戦の機会は何度でもある。ただし、氷雷山アイザマウンテンへ向かうための時間を作る機会はそうそうない。

 アルが今日の模擬戦で氷雷山行きを決めたいのには、夏休みが関係していた。


「夏休みには向かいたいと考えているので、負けられません」

「全く、お前は気が急いているのではないか?」

「ですが、この機会を逃してしまえば次は冬の休みになります。そこまで待てませんし、何より冬に氷雷山に向かうことの方が危険ではないかと考えています」

「……まあ、アルの言う通りだがな」


 夏に向かう氷雷山ですらマイナスを遥かに超える極寒の地なのだから、冬に向かうのは自殺行為だと少し考えれば誰にでも分かる。となれば、夏休みを逃せば次の機会は来年の夏休みになる可能性が高いのだ。


「一年も待つなんて、俺にとっては地獄に等しいんですよ!」

「お、大げさだな」

「目の前に剣を置かれて我慢しろと言われているようなものなんです!」

「……そ、そうか。うん、分かった、だから落ち着け」


 ふうふうと呼吸を荒くしながら熱く語っていたアルにレオンが気圧されている。

 そんなレオンの姿を見たことがなかったガルボとアンナは驚いた様子で視線を二人の間で往復させていた。


「……アルお坊ちゃま、そろそろよろしいですか?」

「もちろんです!」


 お互いに木剣を構えて対峙する。

 魔法剣を使えないのはアルにとって不利に働くが、それでも魔力融合を駆使すれば勝てると踏んでいる。

 大きく息を吸い込み、静かに見据える。

 二人の間で右手を上げ、開始の合図を送るのはレオンだ。


「では、模擬戦――始め!」


 先手必勝、アルは最速の魔法であるファイアボルトを初手から放っていく。

 アルの攻め手を理解しているチグサは瞬歩を使い回避する。その動きはファイアボルトを認識するよりも速かったことから完全に予想されていたということだ。

 しかし、アルにとってもチグサの動きは想定内だった。

 視覚に集中しチグサがどちらへ移動したかを確認すると、即座に次の魔法を発動する。


「シルフブレイド!」


 数の暴力とはよく言うが、まさにその通りの数のシルフブレイドを顕現させるとチグサめがけて殺到させる。

 怒涛の攻めに回避一辺倒になっているチグサだが、その視線は常にアルを捉えておりいまだに様子見をしているかのようだ。

 そんな姿がアルに危機感を抱かせ、この攻勢を引くわけにはいかないと気持ちを引き締め直す。


「アースウォール!」


 今度はチグサの動きを阻害するために土の壁を形成して進行方向を限定させる。

 しかし、ここでチグサが回避から攻撃へと切り替えた。

 アルめがけて駆け出しながらチグサの周囲には水属性のウォーターランスが三つ顕現する。

 確実に当てられるタイミングで放つか、もしくは牽制として放たれるだろうと思っていたアルだったが、予想外にも水の槍を伴ったまま斬り込んできた。


「放つでもなく、牽制でもなく、ただ見せるだけですか!」

「いいえ、違いますよ」

「こ、これは!」


 顕現したウォーターランスが一つとなり、チグサとアルを同時に射程内に納める。


「ヘビーフォール」

「自爆技!」

「まさか、ですよ!」

「ちいっ!」


 鍔迫り合いをしている二人の頭上に、大質量の水の塊が落下してきた。

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