閑話:フローリアンテ・ワン・エレオノーラ

 ヴァリアンテが地上世界へ降りてから数日が経過していた。

 神の感覚ではまだ数分程度なのだが、フローリアンテは天界と地上世界の時間感覚をしっかりと把握している。

 アルベルトのためにヴァリアンテがしっかりと補佐できているのかを確認しようとしていた。


「まさか、地上世界に行ってまで駄女神ぶりを発揮するのとはないと思いますが……」


 一抹の不安を抱きながら地上世界を覗き込んだフローリアンテが見たものは……見たものは……。


「…………な、なんでヴァリアンテは居眠りをしているのかしらああああああああぁぁ?」


 地上世界ではヴァリアンテの神像がアルベルトに拾われたものの、気づくことなく眠り続けているところだった。

 天界では怒りすぎたかと思って反省していたフローリアンテだったが、今のヴァリアンテを見た途端にそんな考えは吹き飛んでしまう。


「アルベルト様が元気だからと気を緩ませ過ぎなのです! どうにかして起こしてやらないと。ですが、今起こしてしまうと逆にアルベルト様のご迷惑になってしまう可能性も……」


 結果としてこの時のフローリアンテは何もしないという選択肢を取ることにしたのだが、しばらくはじっくりと様子を伺うことに決めた。


 そして翌日、早速問題が発生した。

 アルがダンジョンの下層へ向かうことになったのだが、その原因というのが――


「ヴァ、ヴァリアンテエエエエエエェェッ!」


 ダンジョンにイレギュラーが発生した理由は解明されていない。ただし、それは地上世界での話である。

 天界から見た結論では全ての事象には理由が存在し、今回のイレギュラーの原因は何を隠そうヴァリアンテだったのだ。


「あんなところで長い間留まっていたから、魔獣が恐慌状態になって進化してしまったではないですか!」


 ヴァリアンテがその身を宿した神像は天界の神木が素材に使われており魔獣が忌避する力を宿している。

 そのため魔獣は神像を意図して避ける形となり、逃げ場を失った七階層よりも下で大量のイレギュラーが発生してしまったのだ。


「マズい、マズいわ。このままでは天界の行いによって地上世界で死者が出てしまう!」


 神が地上世界に大きく干渉することは禁止されている。

 それが良い結果につながったとしてもダメなのだから、悪い結果につながったとなればなおさらマズいことになる。最悪の場合、天界からの永久追放もあり得るのだ。


「い、今の状況は……まだ大丈夫のようですね。ですが、安心はできません。ヴァリアンテがどのようにしてアルベルト様を助けるつもりなのか……って、まだ寝てるのですか!?」


 アルベルトはすでに魔獣との戦闘を開始しており、大量の特殊個体ともやり合っている。

 ソウルイーターとの戦いではハラハラしながらその結末を見守っていた。

 そうしていく中で目的の人物を見つけたアルベルトがそのまま地上へ帰還できればとりあえず一息つけると思っていたのだが――


「あぁ、ああぁっ! あの魔獣は今のアルベルト様では危険すぎます!」


 神木の影響から一番最初に恐慌状態に陥った魔獣が進化した成れの果てが、最大の脅威としてアルベルトの前に立ちはだかったのだ。

 戦闘はデーモンナイトの優勢で進み、このままではヴァリアンテは当然ながら間接的に関わっているフローリアンテにも処罰が下されることになる。

 地上世界への干渉において、大女神であっても駄女神であっても処罰が軽減されることはないのだ。


「な、なななな、なんとかしてヴァリアンテを起こさなくては! でもどうやって? むしろ、私がアルベルト様の力に……いや、それでは地上世界への干渉が強くなり過ぎてしまう!」


 必死に考えて、考えて……考えた結果、フローリアンテは良い考えが思いつかず――


「ああああああああぁぁっ! もう、どうしたらいいのよおおおおおおおおぉぉっ!」


 周囲に誰もいないことをいいことに発狂してしまった。

 しかし、この発狂が契機となりヴァリアンテは何かに揺り起こされたかのように意識を覚醒させた。


「……そうでした。私が地上世界に干渉することはできませんが、地上世界に降りているヴァリアンテに呼び掛けることはできたのでした」


 あまりの焦りように最善の方法を失念していたフローリアンテ。

 それでも結果として良い方向へと転がってくれたのだからと自分の中では大きく頷いている。


「……な、なんとか死者を出すことなく解決されたようですね」


 ヴァリアンテの神像がなければダンジョンで発生したイレギュラーは時間が解決してくれる。

 すでに生まれてしまった特殊個体は倒さなければいけないが、それでも新たな特殊個体が生まれることはないだろう。


「私も人のことを言えませんね。もっと冷静になって対処しなければ」


 大女神と呼ばれているフローリアンテのおっちょこちょいな一面が垣間見えた瞬間だった。

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