第119話:神像とこれからと
その日の夜、アルは部屋の椅子に腰掛けて神像を眺めていた。
デーモンナイトとの一戦が終わりを迎えた直後、ヴァリアルソードはその姿を元の姿に変えてしまい、そこからヴァリアンテの声も聞こえなくなってしまったのだ。
「……この神像が特別なものであることに変わりはないんだが、あの時と今とでは何が違うんだろうか」
手にした瞬間から感じていた特別な感覚も今はなく、最初に拾った時のように何も感じない。まるでヴァリアンテの力が失われてしまったかのように思えてならない。
「まさか、俺を助けるために力を使い果たしてしまったのか?」
もしそうだとしたならば、アルはとんでもないことをしてしまったと頭を抱えてしまう。
しかし今となってはどうしようもなく、アルは一つの決まり事を自分へ課すことにした。
「朝と夜、毎日この神像へ祈りを捧げよう。いつの日かまたヴァリアンテ様の声が聞けるように」
そして神像を机の中心に置くと、アルは両手を額の前で重ね合わせて祈りを捧げた。
この祈りにどれだけの効果があるのかは分からないが、こうすることでアルの気持ちは穏やかになっていく。
「……この世界にはやはり、女神ヴァリアンテ様は存在した。剣術が過去のものとなり忘れ去られてしまっただけで、確かに存在したんだ」
祈りを捧げること数分、アルは気持ちを切り替えてダンジョンでの戦いを振り返ることにした。
今回はヴァリアンテの助けもありデーモンナイトを倒すことができたものの、今回の勝利は紙一重であり結果が逆転していてもおかしくはなかった。
そして何が足りないのかも今回の戦闘ではっきりしている。
「俺には、十分に振れる剣がない」
斬鉄は護身用のナイフであり、マリノワーナ流の力を発揮するには刃長が明らかに足りていない。かと言ってソードゼロでは魔力透過性が足りないせいで魔法剣を扱いには不十分。
「魔力透過性の高く、刃長の長い剣が必要だ」
期待しているのはブラックウルフを倒した時に手に入れた牙である。
アミルダへ提出せずに持ち帰った魔力透過性の高い素材で、
どのような出来上がりになるのかは聞いていないがラミアンのことである、アルが何を欲しているのかは理解しているはずだと淡い期待を寄せていたのだ。
しかし、ブラックウルフの牙が期待通りのものでなければ──別の手段についても考えていた。
「今回手に入れた素材、デーモンナイトの捻れた角と大剣」
アイテムボックスに入れて持ち帰っている二つの素材が、魔力透過性に優れた素材であることは分かっていた。何故なら戦闘中の魔力の流れが角と大剣を中心に回っていたからだ。
素材としてはデーモンナイトの方が質は良いだろうが、今はラミアンが持ってきてくれるだろう魔法装具を待つしかない。
「……もし十分に振れる剣があれば、魔法に頼らずともデーモンナイトを倒せただろうか」
そんなことを考えながら、すぐに首を横に振った。
今のアルはアル・ノワールであり、アルベルト・マリノワーナではない。魔法ありきの世界で、魔法なしの生き方を選択すること自体間違えている。
ならば、魔法を使った剣術として魔法剣を確立することに力を注ぐべきだと考えた。
「俺が魔法剣の先駆者になればいいんだ」
アルはこれから目指すべき目標を見つけたことで拳をぎゅっと握りしめる。
冒険者になれば多少は楽になるだろうが貴族のままでは、さらに言えば学園に通っていては険しい道のりになるだろう。
それでも成し遂げなければならない。
「ノワール家を蔑ろにはできないからな」
ガルボとの仲が良くなったことで、ノワール家への想いはさらに強くなっている。
学園を卒業するだけではなくその過程で少しでも魔法剣が広めることができれば、アルの周りだけでも過ごしやすい生活を手に入れることができるはずだ。
「やってみせる。そのためにはやっぱりヴォレスト先生には打ち明けないといけないよなぁ」
ペリナには口止めをしたものの協力者は必要である。人伝に伝わるよりかは、自ら口にした方が誠意が伝わるだろうと考えることにした。
「時間を見て話をしてみるか」
そこまで考えると、自然とあくびが出てきてしまった。
魔力が尽きる寸前まで魔法を行使し、さらにいつも以上に剣を振るい体を動かしている。
疲れが出てくるのは当然のことだった。
「……今日はもう休むか。ガルボ兄上、大丈夫だったかなぁ」
また明日聞いてみよう、そう考えてベッドに潜り込む。
「……また明日、か。こんな日が来るなんてな」
笑みがこぼれ落ちたところで、アルの意識は深い眠りについたのだった。
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