第118話:地上への帰還

 ――結果として、アルたちは誰一人として欠けることなく地上へと帰還することができた。

 ガルボたちにはアミルダから雷が落とされたものの、最終的には無事で良かったと頭を乱暴に撫でられていた。

 余談ではあるが、ゾランのパーティは四階層の正規ルートを外れたフロアで見つかっており、なんでもアルたちがマッピングしていることをどこかしらで知ったらしく待ち伏せをしていたようで、こちらには特大の雷が落とされた。


 ガルボパーティの救出にアルを駆り出したことでペリナには他の教師から説明を求められていたが、兄弟を救出するのにAクラスもFクラスもないだろうと一蹴しており、さらにアミルダが援護に回ったことで追及を逃れていた。

 ガルボたちもダンジョン内で話した通りアルが剣術を修めていることを口にすることはなく、ただただ謝罪を口にするだけに終わった。


 そして、日が落ちて街灯が灯る通りをアルとガルボが並んで歩いている。向かう先はもちろん二人が暮らすノワール家の屋敷だ。

 アルもガルボも並んで帰宅する日が来るなどと思っておらず、何を話していいのかも分からないのか無言の時間が続いていた。

 それでも悪い気はしておらず、むしろ無言の時間すら二人は楽しんでいるようだ。


「……」

「……」

「アル」「ガルボ兄上」


 そして、声を発するのも全く同時となれば顔を見合わせてお互いに苦笑する。


「兄上からどうぞ」

「あ、あぁ。……今日は本当にありがとう。お前がいなかったら、俺もフレイヤもフォルトも、ダンジョンの中で死んでいただろう」

「俺一人の力では助けることはできませんでした。スプラウスト先生がいて、帰りには兄上たちがいてくれたから、全員で生きて戻ることができたんです」

「……全く、謙虚なのにも程があるぞ」


 アルの答えにガルボは微笑みながら頭を乱暴に撫で回す。

 髪の毛がくしゃくしゃになってしまったが、そんなやり取りにも笑みが溢れてしまう。

 兄弟としてすれ違い続けてきた二人だが、今日からはそんなことはないだろう。お互いに本音を知ることができたのだから。


 屋敷の前に到着すると、門の前には複数の人影が見えた。

 その中から一人がアルたちの方へ近づいてくるのが見えると、二人とも顔を見合わせて何度目になるか分からない笑みを浮かべて歩いていく。


「全く、何時だと思っているの」

「すみません、母上」

「……今回の件、全ての責任は俺にあります。ですから、アルのことは叱らないでやってください」


 腕を組み鬼の形相を浮かべているラミアンに対して、ガルボは深く頭を下げた。

 ガルボの行動に驚いたのはラミアンであり、戻りを待っていたエミリアとチグサも同様だ。

 そしてすぐに理解した。今回の一件で二人の仲違いが解消されたのだと。


「……まあ、終わり良ければ全て良しとしましょうか」

「……い、いいのですか、母上?」

「いいも何も、私は怒っていませんからね」

「「……へっ?」」

「うふふ、怒っているように見えたなら、私の演技力も様になっているということかしら」


 先ほどまでの形相はどこへやら、慈愛に満ちた笑みを浮かべたラミアンは優しく二人を抱きしめる。


「無事で本当によかったわ。あなたたちのどちらかが欠けていたなら私は怒ってしまったでしょうけど、無事ならば全てを水に流しますよ」

「……ありがとうございます」

「……ガルボ兄上、よかったですね」


 どれだけそうしていただろうか、しばらくしてラミアンが腕を離すと二人の背中に手を回して歩き出す。


「でもね、ガルボ。私は許してもレオンは相当怒っているようだから、その点については覚悟をしておくようにね」

「……もちろんそのつもりです。覚悟もできています」

「あの、俺も口添えを」

「いや、必要ない。これは俺が何も言わずに行動してしまった結果なんだから、俺が全ての責任を負わなければならないんだ」


 ゴクリと唾を飲み込む音がアルの耳にも聞こえてきた。

 自分だけではなくパーティのフレイヤやフォルト、そしてアルやペリナにまで危険が及んだことで相当な罰が下されることは覚悟している。最悪の場合、ノワール家から除名されることもあるかもしれない。

 そうなるとガルボが本来考えていたアルのためにしていた行動が全て無駄になってしまうことにもなる。


「しっかり説明して、それでもダメなら違う手段でアルのことを支えてみせるよ」

「ガルボ兄上……」

「そんな顔をするな。俺の短慮のせいで危険な目に遭わせてしまったんだから仕方ないさ」


 大きく深呼吸をしたガルボは門の前で一度立ち止まると、エミリアとチグサにも頭を下げて一人で屋敷の中へと入っていく。

 その背中を無言で眺めていたアルだったが、その肩にエミリアとチグサの手が置かれた。


「大丈夫ですよ、アル君」

「そうです。旦那様はガルボお坊ちゃまのことを理解されていますから」

「うふふ、その割には口にしないのだから、レオンにも直してもらわないといけないところはあるのよね」

「そうなんですね。……また明日、ガルボ兄上」


 三人の言葉を受け、ガルボの背中を見つめながらそう口にしたのだった。

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