第117話:イレギュラー⑤

 フレイムリザードの特殊個体と戦っていたガルボたちだが、後方では激しい剣戟音が続いていた。

 魔法師がどうして、と思ってしまったが目の前の相手はそう易々と倒せる相手ではなく意識を集中せざるを得ない。

 唯一ペリナだけが剣戟音を気にすることなく戦い続けており、何かを知っているのだということは一目瞭然だった。

 陣形を組みながら水属性に心の属性を持つフォルトを中心に戦い、ようやくフレイムリザードの動きが鈍くなってきたのを確認した時である。


 ――ドゴオオオオオオオオオオオオン!


 後方から地震と共に鳴り響いた爆発音にさすがのガルボたちも振り返った。

 するとそこには剣を構え立つアルの姿があり、その前方からは爆発の原因が押し寄せてきている。

 誰もが死んだと思っただろう。フレイムリザードとの戦いも無駄になってしまったと。

 だが、そんな爆発に対してアルはあろうことか剣を振り抜いたのだ。

 何をしているのか理解できなかった。剣術を修めていることを知っているペリナでさえも。


 しかし現実は驚愕に彩られた。

 爆発をアルの剣が斬り裂き、後方に立っていたガルボたちには一切の被害が出なかったのだ。

 それでも二回目の爆発はアルの目の前で起きたのを全員が確認している。

 結局のところ、ガルボたちはアルに守られたのだと、そのアルは爆発に巻き込まれてしまったのだと集中力を欠いてしまった。


『ブジュルララアアアアアアッ!』


 そこに襲い掛かってきたのはすでにボロボロになっているフレイムリザードだった。

 背中を見せたことで残る力を振り絞り、一人でも多くの人間を喰い殺そうと飛び掛かってきたのだ。


「ガルボ君!」


 ペリナが真っ先に気づいたものの間に合わない。ガルボも完全に対応が遅れてしまった。


「ここまで来て――アル!」


 死ぬつもりなど毛頭なかった。むしろ、アルのために生きてここを出ることを必死になって考えてきた。

 まさか、そのアルが犠牲になるとは夢にも思っていなかった。もう、足掻くことすらできないでいた。


 ――ヒュッ!


 そんなガルボの顔の側を何かが横切り風切り音が過ぎていく。

 風切り音はそのまま迫ってきていたフレイムリザードの眉間に突き刺さると、ガルボの目の前で絶命し地面へと倒れ伏した。

 何が起きたのか理解できないでいると――


 ――ざっ、ざっ。


 黒煙の中から一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえてきた。

 足音の正体がアルなのか、それともデーモンナイトなのか。そんなことを考えもせずにガルボは駆け出していた。


「アル!」

「……はは、ガルボ兄上」


 左腕に大きな火傷を負いながらも生きていたアルが何とかといった風に笑みを浮かべて姿を現した。

 そんなアルを優しく抱きしめたガルボは、耳元で何度も名前を呼び、そして生きていたことへの感謝を口にしていた。


「アル君! とりあえずポーションを飲みなさい! 今すぐに、早く!」

「は、はい、スプラウスト先生」


 次にやって来たペリナは必死の形相でそう告げながらアルの手にポーションを無理やり握らせる。

 ガルボが離れたのを確認したアルはポーションを一気に煽ると、外傷として大きかった左腕の火傷すらも完全に回復したことに驚いていた。


「……スプラウスト先生、このポーションは?」

「私のとっておきよ。まさか、ここで使うことになるとは思わなかったけど持ってきておいてよかったわ。いくら効果の高いポーションでも、傷を受けてから時間が経てば完全に治癒することはできなくなるからね」

「そんな高価な物を……この恩は必ず返します」

「……アル君、あなたは天然さんなのね」

「えっ?」


 何を言っているのか分からなかったアルは首を傾げているが、その他の面々は全員が苦笑を浮かべている。


「弟君がいなかったら、私たちはだーれも生き残っていなかったってことよ」

「だから、恩を返す必要なんてないし、むしろ僕たちの方が君に何かしらの形で恩を返さないといけないってことだよ」

「命の価値と比べたら、ポーションくらいじゃ足りないんだからね」

「そういうことだ。しかし、アルがこれほど強いなんて思わなかった。それに剣術まで……チグサさんとの訓練を見ていたがこれほどとはな」


 最後にガルボの言葉を受けて、アルの体に力が入った。

 剣術が学園の成績に良い影響を与えることはなく、むしろ悪い影響を与えてしまうことは周知の事実となっている。

 ここでガルボたちの口から洩れてしまえばアルの学園生活はゾランにちょっかいを出される以上に面倒なことになってしまうだろう。


「あの、ガルボ兄上。剣術のことについては……」

「もちろん言わないさ。それはフレイヤやフォルトにも約束させる」

「これだけの剣術が評価されないなんて、学園も何をやっているんだか」

「だからこそ、学園長は方針を変えていこうとされているんでしょうね」

「私も絶対に言わないから安心してちょうだいね!」

「……スプラウスト先生が一番怖いんですけどねぇ」

「アル君、ひどい!」


 最後は笑い声が響く中で手早く投擲した斬鉄と素材を回収すると、休むことなく上層へと戻っていった。

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