第116話:イレギュラー④

 立ち止まり斬り結ぶアルとデーモンナイトだが、先ほどとは異なり若干ではあるがアルが押している。

 ヴァリアルソードはアルが望んだ通りの刃長となり、マリノワーナ流のほぼ全力を発揮することができている。

 唯一足りないのはアルの体躯なのだが、これに関してはヴァリアンテでもどうしようもない。

 しかし、今はこれだけで十分だった。


『ウオオッ!』

蛇破斬じゃはざん! 弧閃こせん! 流線弧閃りゅうせんこせん!」

『グオ、グゴアッ!』


 動きを止めることのないアルの連撃を受けて、ついにデーモンナイトの腕に深い傷が刻まれた。

 驚愕に顔を染めるデーモンナイトの動きが鈍り、アルの剣速はさらに加速していく。

 腕から腹、そして足にまで傷が刻まれていき、頬にまで刃が届いた時にはついに驚愕から恐怖に顔を染め始めた。


『グゴ、ウオォ、ゴガアッ!』

「まだまだまだまだああああぁぁっ! 砂祭り! 大波斬だいはざん!」

『グガアアアアアアアアッ!』


 視界を砂で奪われたデーモンナイトの隙を突いた大波斬が左腕を斬り飛ばすと、一気呵成に攻め立てる。

 デーモンナイトが一歩後退すれば、アルが一歩前に出る。さらに三歩後退すれば、アルが四歩前に出た。

 剣術ではアルに分があると踏んだデーモンナイトは至近距離であるにもかかわらず魔法を発動する。

 風と闇の二属性を融合させたデスストームがデーモンナイトを中心にして周囲へと風の刃を広げていく。


「確か、魔法も斬れるんだったよな!」

『ゴグア!?』


 デーモンナイトがファイアボールを斬ったように、アルはデスストームを斬って見せた。

 しかし、同じ魔法であってもレベル1の火属性魔法であるファイアボールと、魔力融合で作り出されたデスストームではその威力も規模も全く違ってくる。

 同じ魔法を斬るという言葉が、これほどの違いを生むとは誰も予想していなかったことだろう。

 そして、デーモンナイトは人間相手に追い込まれることになろうとは考えてもいなかったはずだ。

 故に、左腕が斬り飛ばされ、デスストームが通じないと分かると即座に次の行動へと移っていた。


『グオオオオアアアアアアアアァァッ!』

「なんだ? 魔力が妙にデーモンナイトに集まっているようだが……」

(アル様、あれは危険です!)

「どうしたんですか、ヴァリアンテ様?」


 とても焦ったような口ぶりで忠告してきたヴァリアンテの様子に危機感を抱きながらアルは問い返す。


(デーモンナイトは自らの体内に魔力を集めて、意図的に暴走させようとしています!)

「魔力の暴走……もし暴走してしまったらどうなるんですか?」

(……最悪、この階層一帯が吹き飛んでしまうかと)

「な、なんだと!?」


 言葉を取り繕う暇もなく、アルは声を荒げて視線をデーモンナイトに固定した。

 ヴァリアンテが言うように、もし魔力暴走が起きてしまえばアルだけではなくガルボたちも巻き添えにしてしまうことになる。


「……ならば、魔力が集まる前に斬り捨ててしまうのみ!」

(それではアル様が吹き飛んでしまいます! 現時点でも相当量の魔力が溜まっているはずなのよ!)

「構うものか! その魔力ですら、俺は斬り裂いて見せる!」


 渾身の力で地面を蹴りつけて加速したアル。

 頭の中にはありとあらゆるマリノワーナ流剣術の技が思い描かれ、最善の技を選択させる。

 完全密着からの一撃では暴走した魔力を斬る前にアルの体が吹き飛ばされてしまうだろう。

 放つなら――距離を保ったまま斬ることのできる斬撃。


「マリノワーナ流剣術――疾風飛斬しっぷうひざん!」


 腰に沿わせた刀身を大きく一歩踏み出しながら振り抜いたアル。しかし、デーモンナイトとの距離は五メートルほど離れており到底届く距離ではない。

 だが、地面には振り抜かれたヴァリアルソードの軌跡と同じ傷が刻まれるとひとりでにデーモンナイトに向かって伸びていく。

 一切のブレなく、そして全身の力を刀身へと伝えて振り抜くことで、常人では到達できない飛ぶ斬撃を放つことができる。

 さらに、今回はアルの魔力を通わせることでアルベルトとして放っていた疾風飛斬とは一味違うものへと変貌させていた。


「……烈風!」


 風属性を纏わせた疾風飛斬は一刃だけではなく、三つの風の刃を伴いデーモンナイトへと迫っていく。

 魔力を集めるためにその場から動くことができなくなっていたデーモンナイトには為す術なく、右腕と両足が両断され、最後の刃によって首が斬り飛ばされた。


『——! ……グ、グガオレガオラアアアアアアアアアアアッ』


 それでも目の前に立つ憎き相手だけは道連れにしてやろうと絶叫と共に魔力を爆発させた。

 衝撃波によって炎が消えると、直後には大木が吹き飛び更地へと変わっていく。

 それだけの威力を持った衝撃波がアルめがけて迫ってくる中、ヴァリアルソードを肩に担ぎ意識を集中させる。目を閉じて感覚で魔力を感じ取る。そして――


大破連斬だいはれんざん!」


 上段斬りを放つと同時に流れからその場で腰を捻じり遠心力を加えた横薙ぎを放つ。縦と横、十字に振り抜かれた刃がアルの目の前の空間を斬り裂いた。

 ぶつかり合う魔力暴走による衝撃波と空間を斬り裂くほどの斬撃。

 そして――お互いに譲ることなくその場で二度目の爆発を巻き起こした。

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