第115話:イレギュラー③

 ……死んだか、もしくは致命傷を負ってしまっただろう。アルはそう思っていた。

 だが、不思議なもので痛みを感じることはなく、さらに言えば体の感覚もいまだ残っている。

 即死だったのか、そうも思ったのだが違うらしい。何故なら視界の先にはデーモンナイトが立っており、その表情が困惑に染まっているからだ。


「……俺は、生きているのか?」


 そんな呟きが口から漏れ出た時だった。


(——アルベルト様、聞こえますか!)


 頭の中に直接語り掛けてきた声。一瞬の驚きはあったものの、アルはすぐに声の主が誰なのかを理解した。


「その声は……あぁ、忘れるはずがない。俺をこの世界に転生させてくれた女神――ヴァリアンテ様ですね!」

(そうです! あぁ、よかった。このままでは私が元に戻れない……ゴホン! ではなくて、アルベルト様が死んでしまうところでした)

「ということは、この謎の透明な膜はヴァリアンテ様の力によるものなのですか?」


 現在、アルの周囲にはドーム型の白い膜が顕現している。そして、この膜こそがデスフレアを防いでくれた魔力結界だった。


(これは光属性の魔法でセイントホール。ギリギリでしたが間に合いました。ですが、私にできるのはここまでです)

「……なんと、俺なんかのためにヴァリアンテ様の力を使っていただいただけでもありがたいことです。であれば、俺は必ずデーモンナイトを倒してみせましょう!」


 ヴァリアンテの駄女神ぶりを知らないアルはここでも転生させてくれた恩を感じて誓いを立てている。

 その態度に申し訳なく思いながらも、ヴァリアンテは唯一の助けとなる助言を口にした。


(アルベルト様。懐に忍ばせた木の像を取り出してください)

「木の像って、あれは部屋に置いて……って、あれ? なんであるんだ?」


 部屋の机の上に置いてあったはずの七階層で拾った木の像が、いつの間にか懐に収まっていたのだ。

 疑問に思いながらも取り出したアルだが、その瞬間から木の像がとてつもない逸品であることを感じ取っていた。


「……な、なんですか、これは? 拾った時には、こんな感覚にはならなかったのに」

(これは私を信仰するために必要となる神像です。そして、素材には天界の神木が使われているので魔力透過性は地上のどの素材よりも高いものです)


 ヴァリアンテの言葉を聞いたアルは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 斬鉄でも、ソードゼロでも、魔法でもデーモンナイトには届かなかったが、魔力透過性の高いこの素材があれば届くかもしれない。

 しかし、それをするには──


(……アルベルト様、この神像を使って剣をお作りください)

「ですが、それをしてしまうとこの神像は、元の形には──」

(安心してください。私は、アルベルト様を助けるためにこうして舞い降りたのですから)


 微笑んでくれている、アルはそう感じた。そして、ヴァリアンテの期待に応えることが自分の役割だと理解した。


「……分かりました。ヴァリアンテ様、俺に力を貸してください!」

(もちろんです。……これでフローリアンテ様も許してくれるかなぁ)

「何か言いましたか?」

(いえ! な、何も言っていませんよ! さあ、アルベルト様──いえ、アル・ノワール様!)


 突然焦ったように声を張るヴァリアンテに疑問を感じつつ、デーモンナイトが動き出したことで意識を切り替える。


(セイントホールはあと一分程で消えてしまいます。それまでに神像をアル様が求める形に加工してください!)

「分かりました!」


 この時点で魔力はほとんど残されていないはずなのだが、不思議なもので神像を加工している間は魔力の消費がほとんどない。それも、金と木の二属性を使った加工にも関わらずだ。


(今回は私の魔力を使っているのでアル様の魔力は使用していないのです)

「ありがとうございます!」

(……ア、アル様の魔力は、デーモンナイトを倒すために使ってくださいね)

「ありがとうございます!」

(…………こ、心苦しいよぅ)

「どうしたんですか?」

(なんでもないわよ! あは、あははー)


 首を傾げながらもアルの手は止まらない。

 神像を握りしめながら、チグサと模擬戦を行っていた時の木剣を思い浮かべて形作っていく。

 今のアルが一番上手く扱える刃長であり、デーモンナイトにも届き得るだろう剣を作り出す。

 セイントホールの効果が残り一〇秒となった時──ついに神像を使った剣が完成した。


「これが、お前を倒すための、今の俺にできる最高傑作──ヴァリアルソード」


 木剣とは思えないほどの光沢を放つヴァリアルソードの切っ先をデーモンナイトへ向けると、同じタイミングでセイントホールの効果が切れた。

 困惑顔を浮かべていたデーモンナイトは笑みを刻み、嬉々として躍り掛かってきた。


『ウオオオオオオオオオオッ!』

「さあ、最後の斬り合いといこうか!」


 同じく笑みを刻んだアルは渾身の力をもってヴァリアルソードを振り抜くと、激しい剣戟音が鳴り響いた。

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