第113話:イレギュラー
何が起きているのか理解できていないガルボたちとは異なり、アルとペリナはすぐに大規模なイレギュラーが発生しているのだと理解した。
「ガルボ兄上たちは左右の警戒を! スプラウスト先生は後方、前方は僕が見ます!」
即座に指示を飛ばして慎重に、そして迅速に足を進めていく。
イレギュラーに遭遇しなければ急ぎ戻ってアミルダへ報告。もし遭遇してしまえば戦闘は避けられないだろう。
アルは前方を見ると言っていたが、実を言えば全体に意識を集中させていた。
「……ねぇ、あれってもしかして」
その時、左側を警戒していたフレイヤから声が掛かった。
指差された先にいたのはフレイムリザードなのだが、その大きさが異常だった。
特殊個体で倒したフレイムリザードよりも二回り以上大きな個体。
「あいつが、この火事の元凶ですね」
フォルトも同意のようで、このまま離れるべきか、気づかれていない今のうちに倒しておくべきかを悩んでいた。
「ガルボはどう思う?」
「倒せるなら倒しておいて損はないだろう」
「先生はどうですか?」
「そうね。全員で掛かれば倒せるでしょうし、問題はないと思うわ」
話がフレイムリザードの討伐に進んでいる。
だが、その間にもアルは全体に向けている警戒を解いていなかった。
「──アースウォール!」
アルたち目掛けて飛んできた飛来物がアースウォールを破壊しながら迫ってくる。
だが、幾重にも作られたアースウォールの最後の一枚がギリギリのところで飛来物を受け止めてくれた。
「……助かりました、スプラウスト先生」
「ごめんなさい、アル君。警戒を解いていたわ」
「ど、どういうこと? 元凶はフレイムリザードの特殊個体じゃないの?」
「……僕たちは、囮を掴まされたみたいですね」
「だが、フレイムリザードも確かに存在しているぞ。そして、今ので気づかれた」
轟音を伴う攻防を受けてフレイムリザードの視線がアルたちに注がれている。
そして、飛来物を飛ばしてきた魔獣の気配が膨れ上がり威圧感が増す。
「……ガルボ兄上たちとスプラウスト先生は、フレイムリザードをお願いします」
「ちょっと待て、アル! お前一人にこのふざけた気配を放つ魔獣の相手をさせられるわけないだろう!」
「そうよ! あなたをここに連れてきたのは私なんだから、私が相手をするわ!」
ガルボとペリナが怒声にも似た声音でそう告げてくるが、アルは斬鉄を抜いて歩き出す。
「いえ、相手の方が俺を指名しているんですよ。ここで背中を見せたら、一気に襲い掛かってきます」
「だったら俺たちも加勢して──」
「すでに接近戦の間合いなんですよ」
右手に持つ斬鉄を見せながら振り返り笑みを浮かべる。
接近戦と言われてしまえば、残る者では対処のしようがない。できることと言えば誰かの盾になるくらいだろう。
「あちらさんもいつまでも待ってくれるわけじゃありません。フレイムリザードを倒したら、加勢をお願いしますね!」
「おい、アル!」
ガルボが呼ぶ声を無視して駆け出したアルは即座に斬鉄を振り抜く。
──ガキイイイインッ!
直後には甲高い音が耳をつき、魔獣の姿が露になった。
「……嘘……デ、デーモンナイト!」
「……なんだよ、この威圧感は!」
雄々しい二本の捻れた角、そして深紅に染まる双眸がアルを見下ろしている。
筋肉が隆起する両腕に握られているのは双眸と同じく深紅に染まる大剣。
「……まるで、漆黒の、鬼だな!」
『ウオオオオオオッ!』
鍔迫り合いとなれば体躯で勝るデーモンナイトに分がある。
アルは舌打ちをしながら飛び退くと相手の力を利用して遠くに着地した。
『キシャアアアアアアッ!』
後方からはフレイムリザードの咆哮が聞こえてきたが、アルは振り返ろうとはしない。
全神経を注がなければ、次の瞬間には真っ二つになっているかもしれないから。
「くそっ! アル、フレイムリザードは任せろ!」
「アル君、絶対に死んじゃダメだからね!」
だが、死ぬかもしれないという感情よりもガルボやペリナ、フレイヤにフォルトを信じているからという思いの方が何倍も大きかった。
二人の声を聞いたアルの表情には、僅かながら余裕が生まれていた。
「……さて、殺ろうか」
『オォォ……オオオオッ!』
アルベルト時代の滾りが、強者と出会ったときの高揚感が、アルの脳裏を支配していく。
何故このような状態になったのか──当然ながら、デーモンナイトが大剣を手に目の前に立っているからだ。
「魔獣と剣を交えることがあろうとはな。こんな経験はなかなかできないだろう。……楽しませてもらうぞ!」
『ウオオオオオオオオオオッ!』
威圧を放ちながら駆け出したデーモンナイト。
迎え撃つべく、アルも同時に駆け出していた。
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