第112話:一五階層からの帰還

 戻ると決めた時のアルたちの進行速度は尋常ではなかった。

 魔獣を倒し切っていなかった一四階層ではガルボたちも加わり火力が上がったことで特殊個体とはいえ一気に制圧。アルも戻るだけということで魔法をこれでもかと使っている。

 実際にアルの魔法を間近で見たことのなかったガルボは驚きはしたものの手を休めることはなかった。むしろフレイヤとフォルトの方が呆気にとられている様子だった。

 そんな調子で一気に一〇階層まで戻ってきた時である。


 ――ゴゴゴゴゴゴ。


 上の階層から不穏な音と共に振動が一〇階層にも伝わってきたのだ。


「おいおい、これ以上の何かが起こっているとか言わないよな?」

「イレギュラーがイレギュラーを呼ぶことは結構ありますよ」

「不吉なことを言わないでくれよ、アル」

「俺も考えたくはありませんけどね。他のパーティが大きな魔法を使っただけだと信じたいですが、最悪の展開を考えておくことも大事なので」

「確かにそうだが……」


 嫌そうな表情を浮かべるガルボだったが、アルの中では確信に近い形でイレギュラーが発生していると踏んでいる。

 上の階層――九階層は異常が確認された階層でもあり、特殊個体が一番多くいた階層でもあった。

 一三階層にソウルイーターがいたように、他の階層でも生まれている可能性は高い。

 ガルボたちの救出を優先させていたアルたちは魔獣討伐を片手間に行っていた。ならば、特殊個体が多かった九階層の何処かのフロアでソウルイーターのようなイレギュラーが発生していたとしてもおかしくはないのだ。


「……スプラウスト先生」

「どうしたの、アル君」

「もし上の階層でイレギュラーが発生していたら、ガルボ兄上たちの脱出を最優先させてください」

「おい、アル。その言い方は聞き捨てならないな。イレギュラーがあれば俺も手助けをする。勝手な行動は許さんぞ」

「ですが兄上。まだ全快ではない体で無茶をするのは……」

「それはアル君にも言えることよ。マジックポーションで多少は回復しているとはいえ、あなただって消耗しているんだから。ここで無茶をしていいのは教師である私だけよ」


 ウインクをしながらそうつげてきたペリナに対してどう答えていいのか分からず、アルは困惑顔を浮かべてしまう。

 そこへ助け舟を出してきたのはフレイヤとフォルトだった。


「っていうか、なんで私たちが逃げる前提で話が進んでいるのかしら?」

「僕たちは全員で無事に地上に帰還するんです。イレギュラーがあれば全員で逃げるか、立ち向かうかですよ」

「先輩……」

「そういうことだ。アル、こんな兄貴だが、少しは頼ってくれよ」

「ガルボ兄上……分かりました、ありがとうございます」

「まあ、弟に守られている兄貴なんて、格好悪い以外の何者でもないんだがな」


 自虐的にそう口にしたガルボだが、その表情はとても晴れやかだ。アルとこのように話ができる日がこうも早く訪れるとは本人も思っていなかったからだろう。


「格好悪いだなんて、俺はそんなことこれっぽっちも思ってないですよ。むしろ、並んで戦えることを光栄に思いますよ」

「……おだてても何も出ないからな」


 最終的には恥ずかしそうに視線を逸らせたガルボを見て笑みを浮かべ、周囲からは笑い声が漏れ聞こえてくる。

 そして、ようやく到着した九階層へと続く階段。


「さて、この上にいるのは何なのかしらね」

「確実に言えるのは、僕たちの予想を超える何かだということですね」

「何にせよ、ぶっ潰して帰還するだけだ」


 フレイヤが、フォルトが、ガルボが気合をいれて口にする。


「アル君、危なくなったら絶対に引くのよ」

「善処します」

「あなた、引く気ないでしょう?」

「接近戦で対峙できるのは俺だけですから、本当に危なくなれば俺がなんとかしますよ」


 軽い感じで受け答えしているが、内心では緊張の糸を張り巡らせていた。

 言葉にした通り、接近戦で戦えるのはアルだけであり、魔法の弾幕を抜けられれば一巻の終わりだ。気負うな、と言われたとしても気負わずにはいられないだろう。


「……アル」

「……なんですか、ガルボ兄上」

「お前だけを置いて逃げるなんて、俺は絶対にしないからな」


 そんなアルの気負いに気付いたガルボがそう口にしながら、軽く頭を叩いた。


「……はい!」

「よし、それじゃあ行くか!」


 ガルボの合図を受けて、五人は階段を上り始めた。

 最初は火山のダンジョンからの熱波を背中に浴びており、上に進むにつれて森のダンジョンからの風が体を涼しく撫でていく――はずだった。

 だが、九階層から流れ込む空気が一〇階層で浴びていた空気よりもさらに熱く、そして息苦しくなってくる。

 緊張感に包まれた五人が九階層で見た光景は――炎に包まれる森のダンジョンだった。

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