第107話:ダンジョン・一三階層
火山のダンジョンに変わりはない。だが、その空気感は肌を指すようにピリピリとした緊張を孕んでいる。
足を踏み入れただけで理解した。この階層には、何かがいると。
「……アル君、危険だと判断したら、即座に戻るのよ」
「それはスプラウスト先生にも言えることですよね」
「私が逃げる時間を稼ぐと言っているの。この階層は、何かがおかしいわ」
ペリナも同様に何かを感じ取っているのだと理解したアルは、改めて周囲に視線を向ける。
一二階層と同様に魔獣の姿はなく、頻繁に遭遇していた特殊個体ですら姿を現さない。
この異常事態を巻き起こした犯人がこの階層にいるとなれば、そいつを倒さなければダンジョンの特殊個体を倒したところで減少するどころか増え続けるだろう。
「……奥、何かいます」
そんな中、アルが何かの気配を感じ取り足を止めると、ペリナも息を呑みゆっくりと横に並び同じ方向を見る。
するとそこには逃げ遅れたのだろうか、魔獣を喰らう一際大きな魔獣の姿を確認することができた。
頭は蜥蜴のように縦長、二足歩行で立ち両手で魔獣の死骸をしっかりと握り喰らっている。
体長は二メートルほど、細身のように見えるがその実は鋼のような筋肉でその身を覆っていた。
「……ソ、ソウルイーター。何故このダンジョンにそんな魔獣が?」
「スプラウスト先生は知っているんですか?」
ソウルイーターは通称──同族喰いと呼ばれている魔獣。
魔獣が魔獣を食べることはよくあることだが、積極的にそうしている魔獣はそう多くない。
魔獣が喰らうのは人間であり動物だ。本当に飢餓に苦しむ状況となれば致し方なく同族を喰らうことがある。
ただし、ダンジョンに生息する魔獣は地上の魔獣とは異なりダンジョン内に浮遊している魔力を体内に取り込むことで飢餓を凌いでいる。
だが、ソウルイーターは飢餓に苦しむ状況でなくとも積極的に同族を喰らい自己満足感を満たす数少ない魔獣だ。
生息地域も少なく、ダンジョンではほとんど目撃例のない魔獣でもあり、ペリナが驚くのも無理はなかった。
「ただ同族を喰らうだけなら問題はないんだけど、ソウルイーターの特徴はそれだけではないのよ」
「というと?」
「あいつは──周囲の魔獣にも同様の飢餓感を与えて同族を喰らわせてしまう。そして、同族を喰らった魔獣から特異個体が生まれてしまうのよ」
特殊個体が生まれる方法には諸説あるが、最有力とされているのが同族を喰らいその力を体内に蓄えることで進化するというものだ。
見た目は進化前とほとんど変わらず、それでいて巨大化し身体能力も格段に上昇することからそのように考えられている。
しかし、その考えだと一つの疑問が生まれてしまう。
「もしそうだとしたら、目の前のソウルイーターも特殊個体ということになりませんか? それも、相当前から」
ソウルイーターは同族を喰らう。それも、自己満足感を得るために積極的に。
他の魔獣を喰らうことで力を体内に蓄えるのであれば、多くの魔獣を喰らえばそれだけ力を蓄え強くなるということだ。
目の前の個体がどのようにして学園のダンジョンに現れたのかは分からないが、現れてから今日までずっと魔獣を喰らい続けていたのであれば、その強さは今まで戦ってきた特殊個体の比ではないかもしれない。
「ソウルイーターは強い。それはアル君が懸念する通りに魔獣を喰らっているからだと言われているわ。それに、ここに来るまでの間に相当な数の特殊個体がいたことを考えると、その特殊個体ですら喰らっている可能性もある」
「つまり、ソウルイーターの中でもずば抜けて強い個体かもしれないってことですか」
「……そうなるわね」
相手が強敵だと理解したアルは、頭の中で今取れる最前の初手を考えていた。
ソウルイーターは食事に夢中でこちらには気付いていなかった。ならば確実に当てることのできる最大の攻撃を初手からぶつけるべきだと判断する。
「……スプラウスト先生。ソウルイーターに気づかれることなく、あいつの周囲を土の壁で固めることはできますか?」
「できるわ」
一切の迷いなく、ペリナは即座に答えて見せた。
「分かりました。でしたら、俺の合図で頭上だけを開けた土の壁をお願いします」
「アル君はどうするの?」
「俺に放てる最速最強の魔法を叩き込むだけです」
「……勝算は?」
「分かりません。俺はソウルイーターと戦うのは初めてですから。ですが、これで決めきれなくても真っ向から戦えばいいだけの話ですよ」
「……全く、さすがは学園長が認めた生徒だわ。それじゃあ、私はアル君の魔法の威力が漏れないように全力で土の壁を作らせてもらいますよ」
「頼りにしてます、スプラウスト先生」
「それはこっちのセリフよ」
お互いに大きく頷き合うと、視線をソウルイーターへと向けた。
もうすぐ食事を終えて動き出すだろう。その前に初手をぶつけて仕留める、あるいは相応のダメージを与えなければならない。チャンスを一度切り。
アルは右手を上げたまましばらく動きを止め──そして振り下ろした。
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