第104話:ダンジョン・一〇階層

 一〇階層からはまたダンジョンの雰囲気が一変した。

 森のダンジョンから、まるで夕焼けかと勘違いしてしまうくらいに赤く染まる視界。

 一〇階層は――炎が湧き出す火山のダンジョンだった。


「あ、暑いですね」

「うわー、汗が止まんないわ、これ」


 動かずに立っているだけでも汗が溢れ出してくるこの階層では、体力消費を最小限にするために迅速な攻略が求められる。


「い、急ぎましょうか」

「そうね、それがいいわ」


 そして下層へと続く階段を探し始めて数分後である。


「……あれは、フレイムリザードですね」

「あのサイズ、あれも特殊個体じゃないのよー」


 嘆息するペリナだったが、フレイムリザードはまだ二人の存在に気付いていない。

 ならば、この隙をついて仕留めるのが常套手段である。


「闇属性で魔獣を異常状態にすることはできますか?」

「できるけど、レベル1じゃあ多少目眩しするくらいしかできないわよ?」

「それで十分です。スプラウスト先生が魔法を掛けた直後に俺が飛び出して首を落とします」

「そんな簡単に首を落とすとか言えるアル君が、今だけは頼もしく見えるわ」

「……今だけは余計じゃないですか?」


 ジト目を向けたものの、ペリナの視線はすでにフレイムリザードへと向いていた。

 フレイムリザードは深紅の鱗を持ち、鋭い爪で肉を抉り、口からは火の玉を吐き出すことができる。

 さらに四肢を巧みに操ることで動きも早く、さらに機敏に移動することから、攻撃を当てるだけでも一苦労する魔獣だった。


「それじゃあ、いくわよ?」

「お願いします」

「──ダークアイ」


 気づかれないよう小声で魔法を唱えると、杖の先端から黒いモヤが顕現して背後からフレイムリザードを包み込んだ。

 直後、フレイムリザードは視界が急に霞み始めたことで異変に気付いたのだが、すでにアルは岩陰から飛び出していた。

 斬鉄を逆手に持ちすれ違いざまの一振りは、宣言通りにその首を落とすことに成功していた。


「こいつは問題なし。だが……奥にまだまだいたのかよ」

「アル君、どうしたの……って、マジ?」


 通常の個体から特殊個体まで、合計八匹のフレイムリザードがその双眸を二人に注いでいたのだ。


「こいつら全員とやるわけ? マジでしんどいんだけど」

「アースウェーブで動きを封じられませんか?」

「あいつらは地面を機敏に動き回るから無理。発動しても地面が柔らかくなる前に逃げられるわ」

「そうですか……分かりました。だったら、ここは俺がなんとかします」

「なんとかって、また魔力融合を使うつもり? 魔力は本当に大丈夫なの?」


 心配そうに見つめてくるペリナだったが、ここでダメならガルボを助けることができない。

 アルは大きく息を吐き出すと、フレイムリザードの群れを睨みつけて魔法を発動した。


「ウォーターホール!」


 水と土の二属性による魔力融合のウォーターホールは、群れがいる地面を一瞬にして湖に変えてしまう瞬間魔法だ。

 火山地帯にしか生息できないフレイムリザードの弱点は水であり、水を全身で浴びることになればそれだけでも致命傷になってしまう。

 そんなフレイムリザードを水の中に沈めてしまうとどうなるのかは、想像に難くない。


『フシュルアアアアアアッ!』


 多くのフレイムリザードがウォーターホールに沈み死んでいったのだが、特殊個体だけは数匹生き残ってしまった。


「……二匹、残りましたね」

「アル君は下がっていてちょうだい」


 ここで前に出てきたのはペリナだった。


「本当なら、私が率先して戦わないといけないのに、ごめんね」

「いえ、今回は魔法の相性的に俺が戦うべきだと思っていましたから」

「ここだけじゃなくて、上層でもよ。攻撃をお願いしているけど、私も援護だけじゃなくてしっかりと先生としての背中を見せなくちゃね」


 二匹のフレイムリザードは挟み込むように左右に分かれると、ジリジリとにじり寄ってくる。

 ペリナは杖を掲げると、心の属性である土属性の魔法を発動した。


「アースバイト!」

『フシュルア──ガガッ!』

「は、速い!」


 アースバイトは土属性魔法の中でも速度に秀でた魔法の一つである。

 対象の周囲の地面が盛り上がり、まるで土から生えた牙のように噛み砕いてしまう。

 機敏に動けるフレイムリザードとはいえ、取り囲むように盛り上がった地面から即座に逃げることはできなかった。


『フシャアアアアッ!』

「アースウォール! からの──アーススピア!」

『グギャアアアアアアッ!』

「今の組み合わせは、リリーナもやってましたね」

「土属性が使える魔法師にはよく知られている組み合わせだものね」


 だが、リリーナとは魔法の発動速度も威力も桁違いだった。

 もしリリーナが同じことをフレイムリザード相手に行っても、一撃で硬い鱗を貫くことはできなかっただろう。

 しかしペリナのアーススピアは鋭く太い一本の土の槍が鱗を砕いて肉体を貫いている。


「これでもレベル4ですからね。低位の魔法でも、威力は高いわよ?」

「さすがですね。リリーナにも、土属性はスプラウスト先生から習うように言っておきますよ」


 こうしてフレイムリザードの群れを討伐した二人は、先を急ぐのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る