第103話:ダンジョン・九階層②
その後の九階層では特異個体は現れず、通常の魔獣のみを相手にして階段を発見した。
特異個体が頻発している聞いて、アルは通常の魔獣の方が少ないと思っていたのだがそうではなかった。
ホッとした表情を浮かべていると、考えていることが悟られたのかペリナは溜息混じりに呟く。
「特異個体ばかりだったら、私も学園長にお願いして出張ってもらうわよ」
「そういえば、ヴォレスト先生って魔法師としては強い方なんですか?」
「アル君、知らないの?」
「はい」
アルの返事を聞いて、ペリナは呆れたように説明していく。
「学園長は王都からもお呼びが掛かるくらいの実力を持っている凄腕なのよ? 学生時代も事あるごとに新記録を打ち立てて、今で言うところだと……キリアン君と同じか、それ以上だって言えば分かりやすいかな」
「キリアン兄上と同じか、それ以上ですか……うーん」
「どうしたの?」
ペリナの話を聞いたアルとしては、その答えがあまり納得できるものではなかった。
アルが見た限りではキリアンよりもアミルダから感じる圧力の方が圧倒的に息苦しかったからだ。
とはいえ、アミルダから圧力を掛けられたのは入学試験の時にいたずらを看破した時だけなのではっきりとは言えないのだが。
「……いえ、なんでもありません。それよりも、一〇階層にもすぐに行きますか?」
「そうねえ……アル君の魔力は大丈夫なの? 魔力融合だなんて、一発で相当な魔力が消費されるって聞いたんだけど」
魔力が尽きてしまうと朦朧とするだけではなく、最悪の場合は意識を失うことも考えられる。
ダンジョンで意識を失うということは死ぬことと同義であることから、ペリナは一度休憩を挟むことも検討していたのだ。
「問題ありませんよ。ただ、基本的に魔力融合は乱発できないので、今後は分かりませんけど」
「そうね……アル君、念のためにこれを渡しておくわ」
そう言って手渡されたのは、緑の液体が入った小瓶だった。
「スプラウスト先生、これは?」
「マジックポーションよ」
「ポーションって、結構高価なんですよね?」
怪我や体力を回復させるのはポーション、魔力を回復させるのはマジックポーションと区別されている。
ただ、あまり使い過ぎると体がポーション類に慣れてしまい効果が薄れることから、本当に危険な時にしか使わないようにと両親からも学園からもよくよく言われる道具だ。
そして、ポーション類は高価だとされているのだが、それは貴族の場合に限る。
というのも、貴族は上質なポーションを手元に置きたがるのでアルとしてもポーションは全て高価な物という認識が刷り込まれていたのだ。
「これは標準なポーションだから、特別高価な物ではないのよ」
「……そ、そうなんですか?」
「クルルさんとかなら詳しいと思うから、戻ったら聞いてみたらいいわよ」
「そうですね。はぁ、貴族と平民の常識がこうも違うとは思いませんでした」
アルベルトとしての記憶もあるのでそこまで常識に対しては大きな相違を生んではいないと思っていたが、実際のところは大きく異なっていたようだ。
「それでもアル君はよく知っている方だと思うわよ。普通なら、ダンジョンでマッピングをしようだなんて思わないもの」
「マッピングは平民だと普通なんですか?」
「平民というか、冒険者は普通にしているわ。だからかもしれないけど、貴族出身の冒険者は平民の冒険者となかなか馬が合わないって話も聞くわね」
「……そこも気をつけます」
最終的には冒険者になることを目指しているアルにとって、ペリナの話はとても有益な情報となっていた。
「それじゃあ、このマジックポーションはいざという時に使わせていただきます」
そう言ってアイテムボックスにマジックポーションを入れると、ペリナは手を伸ばしかけたがすぐに下ろしてしまう。
その様子に気づいたアルは首を傾げてしまった。
「どうしたんですか?」
「いや、本当はすぐ使えるようにホルダーだったり懐に忍ばせておくものなんだけど、アル君の場合は剣術もするからアイテムボックスでもいいかなって思っただけよ」
「……そっか、すぐに飲めないと意味がないですもんね」
「まあ、剣術を扱う魔法師なんて普通いないし、そこは今後の課題としましょう」
「……分かりました」
魔法剣士を目指すうえで思わぬところに課題を見い出してしまったアルだが、今はそこを深く考えている時間はない。
ペリナに言われた通りに今回はアイテムボックスに入れたまま、二人は一〇階層へと足を踏み入れた。
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