閑話:ヴァリアンテ・トゥエル・フリエーラ④

 ヴァリアンテは途方に暮れていた。

 アルベルトに気づかれることなく、今も元々地上世界にやってきた場所から一歩も動けない状態にあったからだ。


「……えっと、どうしよう。置いてけぼりにされてからもう何日も経っている気がする。神像のままでは動けないし、他の人間は通るけどアルベルト様は通らないし、このままじゃあダンジョンで朽ち果てちゃうわよー!」


 さすがに天上世界の素材を使って彫られている神像なので、時間の経過とともに朽ち果てるということはないのだが、物理的に壊される可能性はゼロではない。

 ただ、ダンジョンの七階層ということもありそれだけの力を有する魔獣がいるような階層でもないので、その心配もほとんどないのだが。


「うぅぅ、フローリアンテ様がこの状況を見つけてくれたら助けてくれないかな……いや、無理なのかなぁ。いったいどうしたらいいんだろうなぁ」


 完全に人任せの状況をどう打破しようか、そんなことを考えている時だった。


 ――ガサガサ。


 茂みの奥から何かが近づいてくる足音が聞こえてきたのだ。


「あー、うん。この足音はアルベルト様じゃないや。アルベルト様の足音はもっと静かで洗練されているもの」


 今日も無意味な一日を過ごすのか、そう思っているとまさかの名前が近づいてくる何かから聞こえてきた。


『――どうして俺があいつを褒めないといけないんだ! あいつにだけは、負けられないんだよ!』


 近づいてくる人間の声が聞こえてくると、その内容にヴァリアンテは嘆息してしまう。


「……全く、最近の人間はどうしてこうも比べたがるのかしらねぇ。勝ち負けなんてさほど問題にはならないでしょうに」


 呆れたようにそう思っている、その人間がヴァリアンテである神像を見つけてしまった。


『――……もしかしたら、アルの奴が落としたのか?』


 そして、人間から発せられた名前にヴァリアンテは心底驚いてしまった。


「……アルって、もしかして、アルベルト様のことなの!?」


 目の前で怪訝な表情を浮かべている人間こそ、アルベルトが転生したアル・ノワールの一つ上の兄であるガルボ・ノワールだったのだ。


「ちょ、ちょっと! ねえ、私をアルベルト様のところまで連れて行ってよ! ……いや、あの、ちょっと、痛いんだけど! そんな強く握り締めないでよ!」

『――こんなもの!』

「えっ! いやその、ああああれええええええええぇぇっ!」


 ガルボは神像をいきなり投げしててしまい、茂みの奥に隠れてしまった。


「あいたたた。……えっと、ここはどこ? 緑が、生い茂ってる? ……って、こんな場所に投げられたら、絶対に見つけてもらえないじゃないのよー!」


 ヴァリアンテは悲鳴にも似た声をあげていたのだが、その声がガルボに聞こえるわけもなく、そのまま下層へと進んでいってしまった。


「……あぅぅ、本当にどうしよう。だ、だずげでええええ、フローリアンテざばああああぁぁっ!」


 ――ガサガサ。


 泣きながらそう口にしていると、再び何かが近づいてくる音が聞こえてきた。

 そして、今度の足音は聞き間違えるはずがない待ち人の足音だった。


「……こ、これは! ア、アルベルト、アルベルト様!」


 必死の呼びかけが通じたのか、アルは突然立ち止まり周囲を確かめている。


『――ここだけ、魔獣がいないんだな……ん?』

『――どうしたんですか、アル様?』

『――いや、なんだか声がした気がするんだが……』

「魔獣がいないのは、私が長い間ここに放置されているからです! 神の素晴らしいパワーのおかげなのです! アルベルト様、気づいてええええぇぇっ!」


 必死に呼び掛けているヴァリアンテは、アルベルトと目が合ったと思いさらに声を張りあげる。


「ア、アルベルト様ああああああああああぁぁっ!」

『――……気のせいか』

「……嘘、そんなわけないですよね、アルベルト様! い、行かないでええええぇぇっ!」


 しかし、アルベルトは気づくことなく先へと進んでしまい、再度振り返ったがそこでも気づくことはなかった。


「……あぁ……そんな、これはもう、絶望的だわ」


 最大のチャンスを活かすことができなかったヴァリアンテに諦めムードが漂っていく。そして、最終的に判断した結果――


「……もう、寝てしまおう」


 完全に諦めてしまったヴァリアンテは、いつの日かフローリアンテが気づいてくれるだろうと信じて眠りについてしまった。

 アルベルトは微かに何かを聞き取っていたからこそ振り返っていたのだが、こうなってしまっては絶対に気づくことはないだろう。

 何かの拍子に茂みに立ち入らなければ絶対に気づかれない――はずだった。


「……ぐごおおおおおおおお……ごごおおおおぉぉ……」


 ここでヴァリアンテすら気づかなかった状況が生まれてしまう。

 熟睡状態のヴァリアンテから発せられた異音の正体、それは――いびきだった。

 アルベルト以外には聞こえないので誰かの迷惑になるということもなく、それでいてヴァリアンテが大声をあげていた時よりもより大きな音を発している。そして――


『――……なんだ、これは?』


 呼び掛けではなく、いびきに気がついたアルが神像を見つけたのだ。

 しかし、この時点でヴァリアンテは熟睡している。


「……ぐごおおおおおおおお……ごごおおおおぉぉ……」


 呼び掛ければ確実に聞こえていただろうタイミングを逃してしまったヴァリアンテ。

 アルベルトは神像を持ち帰ってくれたものの、ヴァリアンテの熟睡はしばらく続いてしまうのだった。

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