第98話:いまだ帰らぬガルボ

 帰宅したアルが部屋に戻って発した第一声は――


「疲れたああああぁぁ……ぁぁ」


 ダンジョンでの話を終えた後には質問攻めの時間となり、剣術のことをごまかすのに四苦八苦してしまったのだ。

 剣術についてをあえて伏せていることに気づいたリリーナたちも口に出すことはせず、アルに合わせて話を進めていた。

 帰宅の途についた時にはアル同様に全員が疲れた表情を浮かべており申し訳なく思ったものの、気にするなと言われてしまいみんなの気持ちに甘えた形になってしまった。


「……何かの形でお返しをしないとな」


 こうなってしまうと剣術について暴露してもいいのではと考えたのだが、平民や下級貴族で家を継げない子弟からは同意を得られるだろうが、それ以外の貴族や貴族出身の教師からは反感を買うだろうと考え、しばらくは隠し通すことにした。


「そういえば、ガルボ兄上は戻ってきているのかな」


 ふと気になったガルボの存在に、アルは着替えを済ませるとすぐにリビングへと移動した。

 まだ料理は並んでおらず準備中だったのだが、掃除をしていたチグサを見つけると声を掛けてガルボのことを聞いてみる。


「ガルボお坊ちゃまですか? いえ、私は今日も目にしておりませんね。……まさか、まだ戻っていないのでしょうか」

「俺も見ていないんだ。気になって聞いてみたんだけど……」


 レオンの部屋に行こうかと考えていると、リビングにラミアンが顔を見せたので同じ質問をしてみたのだが、どうやらガルボは今日も戻ってきていないようだった。


「レオンは心配するなと言っているのだけど、やっぱり心配になってしまうわ」

「まさか、ダンジョンで何かあったのでしょうか」

「でも、スプラウスト先生に四年次の担任へ確認してもらったんですが、大きい荷物を持っていたようなので泊りがけで攻略に向かったはずだと言っていましたね」

「そうなの……もし、明日までに戻ってこなかったら、アミルダちゃんにお願いして救助隊を出してもらおうかしら」

「――やり過ぎだ、ラミアン」


 そこへ注意を促しながら現れたのはレオンだ。


「あなた。そうは言ってもやっぱり心配だわ」

「あいつも自分で考えられる歳なんだ、心配し過ぎるのもどうかと思うがな」


 そう言ってその場を離れると自分のイスに腰かけてしまった。

 これ以上は何を言っても無駄だと悟ったのか、ラミアンも嘆息しながらイスに腰かける。


「母上、明日もスプラウスト先生に話を聞いてみますからご安心ください」

「ありがとう、アル」


 気休め程度にしかならないかもしれないが、アルの言葉でラミアンも少しばかり落ち着いた。


「……」

「……」


 だが、今日の晩ご飯にはアンナがおらず、食事の席には無言が続いてしまう。


「……そ、そうだ、父上」


 無言が続く空気に耐えきれなくなったアルが口を開くと、ダンジョンで起こった出来事の報告を行った。


「ダンジョンで、生徒同士の戦いだと?」

「はい。間一髪で俺たちが間に合ったから事なきを得ましたが、少々やりすぎだと思いまして、一応ヴォレスト先生にも報告しております」

「全く、ザーラッド家の二男は何を考えているのか」

「それで、何やらヴォレスト先生が不適に笑いながら、駆使できる全ての権力を用いてとかなんとか言っていたんですが、何か心当たりはありますか?」


 アミルダとのやり取りの中で気になった言葉の意味を聞いてみたのだが、レオンは何故か嘆息しながら顔を手で覆ってしまった。


「あいつ、まさかさらに上の貴族にでも声を掛けるつもりか?」

「上級貴族のさらに上、ですか?」

「いくらアミルダちゃんでもそこまではしないのではないかしら?」

「私もそう信じたいが……いや、やりかねん。あいつはアルのことを気に入っているようだからな」

「気に入っているって、まさかですよね?」

「あら、自覚がなかったの、アル?」

「アイテムボックスまで貰っておいて、それは鈍感とかの問題ではなくなってくるぞ?」

「……す、すみません」


 頭を掻きながら、確かにそうだと反省する。

 しかし、それならそれなりの成績を修めなければならないのではないかと心配にもなってしまったのだが、そこは関係ないらしい。


「アルの場合は、ダンジョンに潜ってアイテムボックス以上に価値ある素材を持ち込めば問題はないだろう」

「成績も優秀であればなおさら嬉しいのだけど、Fクラスから成績優秀者を出してしまったら、他のクラスの教師から嫌われてしまうしね」

「父上も母上も知っていたのですね」

「貴族なら、誰でも知っていることだ」


 暗黙のルールとして伝わってきてしまっている貴族優位の魔法学園。

 平等と謳っていても、貴族が中枢に幾人も存在しているのであれば致し方ないのかもしれない。


「そして、それを変えようとしているのがアミルダだということだ」

「私たちは、アミルダちゃんの考えに賛成しているからこそ、協力を惜しまないのよ」

「なるほど、そういうことですか。であれば、俺も協力するためには良い成績を修めなければなりませんね」

「それはそうだが……あまり無理はするなよ」

「分かっています。俺はFクラスですから」


 最初の気まずい空気はどこへ行ったのか、最終的には穏やかな食事となりその日は終わりを告げた。

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