第97話:地図の有用性

 話は変わり、アルはマッピングした一階層から三階層までの地図をアミルダとペリナに見せていた。


「これを学園で利用できないか、だと?」

「はい。使い方によっては実力がない人が下層に行くかもしれないんですが、生徒たちが安全にパーティ訓練に挑める手助けにならないかと思ったんです」


 地図があることによるメリットとデメリットを伝えていきながら提案していく。


「生徒が自由に持ち出しできないようにしたらいいんじゃないですか?」

「いや、地図自体を生徒が見れるようにしてしまうと、模写して持ち出される可能性があるから、私たちで管理するのが一番だろうな」

「管理ってことは、授業に利用できそうってことで理解していいんですか?」


 アルの質問に、アミルダはニヤリと笑って頷いた。


「各階層の一部だけを公開し、そこからは自分たちで攻略させる。もしくは実力を認められたパーティだけに地図を開示するとか、使い方は色々とあるだろう」

「教師が開示したパーティに何かあれば、その教師に処罰を与えるとしたら自分のクラスの生徒への開示も抑制できそうですしね」

「ふむ、それはいいな。それなら処罰を嫌う貴族出身の教師たちが自分を守るために無駄な開示を控えるだろう。アル、マッピングはこれからもやる予定なのか?」

「今は特にやることがないので。ただ、下層を目指す時にはできませんけど」


 下層を目指すと聞いたアミルダはやや呆れた表情を浮かべている。ペリナに至っては明らかに嫌そうな顔をしていた。


「お前、八階層まで到達しておいてまだ下層を目指すのか?」

「アル君は自重するべきですね」

「そう言われましても……まあ、いっか」


 反論しようとしたアルだったが、今はダンジョン攻略を控えるべきだと思い直した。

 ゾランからの妨害があるかもしれない状況と、エルクたちが狙われた事実があるので大人しくしておくべきだと判断したのだ。

 それに攻略は一年次だけではなく、これからも時間を掛けて続けることもできるのだ。


「しばらくはマッピングに集中したいと思います」

「それがいいな。だが、エルクは安静が必要なんだろう?」

「は、はい。明日も一度、医務室に顔を出すように言われています」


 突然話を振られたエルクが緊張した声音で答えている。


「……エルク、どうしたんだ?」

「いや、学園長先生と普通に話をしているアルがおかしいんだからな?」

「そうか?」

「「「「「そうだよ!」」」」」

「……そうか」


 誰からも同意を得られなかったアルは、頭を掻きながら溜息をついた。


「それでは、ゾランのことはよろしくお願いします」

「分かった。あぁ、アル。この地図は私が預かっていてもいいのかな?」

「はい。一階層から三階層までは頭の中に入っていますから」

「……全フロアか?」

「はい。……あれ、おかしいですか?」


 今度はリリーナたちだけではなく、アミルダやペリナからも呆れた表情を向けられてしまった。


「……えっと、普通、ですよね?」

「「「「「「「違うから!」」」」」」」

「……うぅ、普通が分からなくなってきたよ」


 アルの呟きにその場の全員が声を出して笑い、学園長室を後にした。


 ※※※※


 その後の授業は教室でペリナの講義を聞くことにした。

 ダンジョンに潜ることもできたのだが、それではエルクたちは置いて行くことになり、再びちょっかいを出されることを恐れたのだ。

 ペリナは自分が見ているから大丈夫だと言ってくれたのだが、アルとしては自分のせいで迷惑を掛けているエルクたちを置いて、自分たちだけがダンジョンに潜ることを嫌ったのだ。


「全く、アルは律義だな」

「そうか? 普通だと思う……って、これも普通じゃないのか?」

「うふふ、これは普通だと思いますよ」

「そうそう、これは、ね!」

「……別に、これは、を強調しなくてもいいんじゃないか?」

「でも、本当にありがとうございます、アル様」

「うん、アルさんのおかげで改善が見られそう」


 エルクたちからは笑みがこぼれ、それだけでアルの選択は間違いではなかったのだと嬉しくなっていた。


「――な、なあ」


 そんなアルたちに声を掛けてくる者が。

 振り返ると、そこには教室に残っていた六名の生徒たちが立っていた。


「えっと、どうしたんですか?」

「その、俺たちもアルさんの話を聞きたくて」

「ほ、本当に七階層まで到達したんでしょう?」

「私もアル君の話が聞きたいわ!」

「俺も俺も!」

「僕も聞きたいです!」

「お願いします!」


 アルたちのことをよく思ってくれていたのはエルクたちだけではなかった。

 話を聞くと、六名は平民が多く、一人だけ下級貴族の子弟がいたもののアルと同じ三男で家を継ぐことはできないと話してくれた。


「その、俺なんかの話で良ければ」

「「「「「「ありがとう!」」」」」」


 その後は合計一二名の生徒が近い机に固まってワイワイと楽しく語り合っていた。

 教室の様子を廊下から見ていたペリナは嬉しく思いながらも――


「……私の授業、誰も聞いてくれないだろうなー」


 そう呟きながら中に入ると、ペリナも輪の中に入ってアルの話を聞く講義になったのだった。

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