第94話:マッピング

 時間を掛けながらもマッピングをしていた三人は、三階層へとやって来ていた。

 一階層と二階層はそこまで広くもなくマッピングもすぐに終わったのだ。

 だが、いざ三階層のマッピングを始めると、ここからは上層と比べて一気に広くなっていた。


「な、なんでこんなに広いのよー!」

「三階層から、倍以上の時間が掛かってますね」

「ふむ、何か意味でもあるのだろうか」


 アルはマッピングをしながら下りてきた階段と下層へと続く階段の位置、そして正規ルートを外れた今いる位置を確認している。

 多くの生徒は正規ルートを通って下層を目指しているはずなので、ここまで来ている者は少ないだろう。

 新しい発見があればいいなと淡い期待を持っていたのだが、そう思い通りにはいかないものだ。


「……ここも行き止まりか」

「そりゃそうでしょう。下層に行く階段は真逆なんだもの」

「三階層はこれで終わりですか?」

「いや、あと一ヶ所だな」

「えぇー! ……もう、さっさと行って終わらせましょう!」


 地図を眺めながらまだ行っていない場所を目指して歩き出す。


「そういえば、エルク様たちに会いませんでしたね」

「あれ? 言われてみるとそうね。エルクたちは二階層の攻略もまだだったはずよね?」

「あぁ。もしかして、二階層はさっさと攻略して四階層まで下りているんじゃないのか?」


 上層の全フロアに足を運んでいるアルだからこその考えだったのだが、リリーナは何やら不安を感じているようだった。


「……その、ゾラン様が何かしていないか心配です」

「いくらあいつでもダンジョンの中でそんなことはしないと考えたいが……念のためにエルクたちを探しながらマッピングを進めていこう」

「これで今から行く場所にいたら驚きだけどねー」


 まさかと思いながら三人は最後の場所に続く曲がり角へやってきた。

 すると、奥の方から何やら言い争っている声が聞こえてくる。


「この声……まさか、エルクか?」

「うっそ、本当にゾランたちと争ってるの?」

「は、早く助けに行かないと!」


 走り出したアルたちが最後のフロアに足を踏み入れると、まさにゾランがエルクたちに魔法を放とうとしているところだった。


「ゾラン! 何をしているのか分かっているのか!」

「……ア、アル」

「ちいっ! 邪魔が入ったが好都合だ!」


 ゾランの手には模擬戦の時にも使っていた魔法装具マジックアイテムが握られている。


「まさか、ここであの魔法を使うつもりじゃないでしょうね!」

「三人とも、離れてください!」

「逃さねえぞ!」


 クルルの悲鳴にも似た声がフロアに響き渡り、リリーナが声をあげる。

 しかし、三人はすぐに動くことができずにゾランの魔法装具が光を放つ。


「させるか!」


 アルは魔法ではなく自らの技術を用いて一気に間合いを詰めていく。

 途中でゾランのパーティメンバーから魔法が放たれたものの、そこはリリーナとクルルが防いでくれた。

 それでも普通なら間に合わない。魔法が放たれる速度と、人間は走って目標に到着する速度では、魔法の方が格段に早いからだ。


「な、何!?」

「ふっ!」


 瞬歩を使い誰も予想できなかった速さでゾランの懐に潜り込むと、斬鉄を薙いで魔法装具を弾き飛ばす。

 発動途中だった魔法は霧散してしまいただの風となって肌を撫でていく。

 何が起きたのか理解できないゾランたちは驚愕したまま固まっている。


「このまま斬り捨ててもいいが、どうする?」

「……く、くそったれ! い、行くぞ!」


 ゾランは魔法装具を拾い上げると、逃げるようにしてフロアを出て行く。

 その背中をパーティメンバーが追い掛けて行くと、アルたちとエルクたちが残された。


「いててて、助かったぜ」

「いや、気づくのが遅くなってしまってすまない、大丈夫か?」

「俺は大丈夫だ。キースとマリーは?」

「僕も大丈夫だよ」

「私も、大丈夫」

「そうか、よかった」


 ホッとしながらもエルクたちの怪我を確認し、そして簡単な手当てを施していく。


「……手際がいいんだな」

「これくらいはできないとな。ダンジョンでは何があるか分からない。まあ、今みたいなことはそうそうないと思うけどな」

「確かに、いててて」


 起き上がろうとしたエルクだったが、足を挫いているのかすぐに座り込んでしまった。


「肩を貸そうか?」

「……おう」


 キースとマリーは一人で歩くことができるようで、すでに立ち上がっている。

 何故エルクの怪我だけが酷いのか考えていると、体には打ち身のような痣ができていることに気がついた。


「まさか、魔法に対して生身で向かっていったのか?」

「そうしないと、二人も巻き添えになりそうだったからな」

「エルクは無茶をしすぎ」

「本当だよ。アル様ならまだしも、エルクは剣術を使えないだろう?」

「わ、悪かったな! 俺の頭だと、それくらいしか思いつかなかったんだよ!」


 頭を掻きながら顔を逸らしたエルクだったが、キースとマリーはその様子を見て胸を撫で下ろしている。

 軽口のように言っていたが、内心ではとても心配していたのだ。


「……エルク、怪我が治ったらすぐにでも剣術を教えてやるよ」

「その、いいのか? アルもダンジョンに潜りたいんだろ?」

「別に好成績を修めたいわけじゃないからな。それに、友達の方が大事だ」

「……そっか、ありがとな」

「おう」


 思い掛けないところで今日のダンジョンマッピングは終了となり、アルたちはゆっくりとした足取りで地上へと戻ってきた。

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