第95話:医務室

 地上に戻ってきたアルたちは、真っ先に医務室へと向かった。

 通り過ぎる生徒や教師からは何事だと視線を向けられたが気にすることなく歩いていき、医務室に入ると一人の先生がイスに腰掛けていた。


「あら、怪我人かしら?」

「いきなりお尋ねしてすみません。こちらの三人を診ていただきたいのですが」

「うふふ、礼儀正しいのね。それじゃあ、そこに座ってもらえるかしら」


 先生はエルクたちをイスに座らせると、ただ真っすぐに見つめ始めた。

 何をしているのかと困惑する三人だったが、しばらくすると先生が一つ息を吐き出して口を開いた。


「そちらの男の子は打ち身と足首の捻挫、そちらの二人は軽い打ち身だけね」

「すごい、見ただけで分かるんですか?」

「うふふ、私は光属性がレベル4あるからね。その魔法を使って診ていたのよ」


 誰も気づいていなかったが、アルだけは気づいていた。先生の両目に魔力が集まっていたのを。


「そうそう、自己紹介がまだでしたね。私は治癒担当のヒュレリカ・サーモスです」


 ヒュレリカは自己紹介を終えるとすぐに手当てを始めてくれた。

 それも光属性の魔法を用いたもので、キースとマリーの怪我は一瞬で治ってしまった。


「……ほ、本当に、すごいです」

「……光魔法、恐るべし」

「私の魔法はまだまだですよ。あなたはアル・ノワール君ですね」

「あ、はい」

「あなたのお母様、ラミアン様の光魔法は私のさらに数倍もすごいのですからね」


 ラミアンの光属性は最高のレベル5である。

 レベル4のヒュレリカの魔法ですごいと感じていたアルたちは、ラミアンはどれだけの魔法を使えるのかと少しだけ興味が湧いてしまった。


「君はもう少しだけ座っていてくれる? 捻挫が酷いようだからね」

「あ、ありがとうございます」

「それで、いったい何があったのかしら? 八階層まで到達したアル君がいて、三人もの生徒を怪我させたなんて普通じゃないでしょう?」

「俺は騒動に遭遇した立場なんですが、無関係でもないので説明はします。ですが、信じてもらえるかは分かりませんが」

「……聞かせてくれるかしら?」


 ヒュレリカに促されたアルは、エルクと一緒にダンジョンで起きたことを包み隠さず説明していく。


「……なるほどね。ゾラン・ザーラッド君かぁ。ザーラッド家の次男君は素行が荒いと聞いていたけど、噂通りなのね」

「あの、サーモス先生?」

「どうしましたか?」

「その、俺たちの話を信じてくれるんですか?」


 疑問に思いながらエルクが質問すると、ヒュレリカは笑みを浮かべながら頷いた。


「うふふ、これでも人を見る目は持っているつもりよ。あなたたちが嘘をついていないことは分かっているわ」

「……ありがとうございます」

「それにしても、こんなところで学園長の指導方針の悪いところが出るとはね」

「指導方針の悪いところですか?」


 リリーナが首を傾げながら問い掛けると、その意味をヒュレリカは教えてくれた。


「学園長は実戦主義で指導方針を変更したのだけど、クラス編成に関しても少しだけ手を加えているわ。それは、属性のレベルに加えて性格を加味したの」

「性格って……あー、だから上級貴族でレベル3を持っているゾランがFクラスになっているってことですね」

「そういうことよ。彼は自分がFクラスになるだなんて思ってもいなかったんでしょうね。それで元々の素行の荒さに拍車が掛かり、今回のような暴挙に出たのでしょう」

「でも、それだったらクルルがFクラスにいるのはおかしくないですか? 彼女もレベル3を持っていますし」


 同じレベル3持ちである。性格を加味されるのであれば、クルルはゾランとは違い性格も良く、商家の出なので家柄も平民ではあるが悪くはない。

 それでもFクラスにいるというのはおかしな話である。


「……学園は平等だとか謳っているけれど、実際には差別が横行しているのよ」

「それを先生が言ってしまっては意味がないと思いますが?」

「私は差別なんてしているつもりはないわ。だけど、一部の……いいえ、多くの教師が差別を容認している。上のクラスに平民を入れるのを断固拒否しているのよ」


 ヒュレリカの話だと学園の教師には貴族出身者が多く、そのせいもあって教師が生徒を差別することが多々あるのだとか。

 アミルダが改革を行おうとしていたのだが、配属一年目ではやれることにも限りがあり、クラス編成に関しては性格の加味を加えるに留まり、教師の刷新にまで手を広げることはできなかった。


「ペリナ先生を強引にねじ込んでいたけど、それが限界だったみたいね」

「そんな事情があったんですね」

「大人の事情よ。生徒であるあなたたちが気にすることではないわ。さて、それじゃあ君の治療も終わったわよ」

「えっ? あ、本当だ、痛くない」

「だけど、捻挫は癖になることも念のために今日は安静にしていること。それと、明日もこっちに顔を出してちょうだいね」

「分かりました」


 立ち上がったエルクは頭を下げると、キースたちと一緒に医務室を出る。

 続いてリリーナとクルルが、最後にアルが出ようとした時に声を掛けられた。


「学園長の改革がもう少し早ければ、アル君はAクラスだったのでしょうね」

「どうでしょうか。俺はレベル1しか持っていない劣等生ですから」

「その割には魔力の流れが緩やかで、診ていてとても気持ちがいいのだけれどね」

「……なるほど、さすが光属性のレベル4ということですか」

「うふふ。アル君も暇があったらまた顔を出してちょうだいね」

「検討しておきます」


 そして、アルも医務室を後にした。

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