第88話:初めて見る模擬戦

 アンナへの指導を終えたアルは座り込んでいるリリーナへ声を掛けた。


「模擬戦は……負けたみたいだな」

「……はい」


 肩を落としているリリーナたちを見て、アルは頭を掻きながらチグサへと歩み寄る。


「ちなみに、どれくらいの力で相手をしたんですか?」

「……申し上げてもよろしいのですか?」

「……ま、まさか、本気じゃなかったのか?」


 アルの質問にエルクが驚愕の声を漏らしており、他の面々も嘘だと言わんばかりの表情を浮かべている。


「構わないよ」

「でしたら……七割程度の力で相手をしておりました」

「……は、ははは、七割って」

「……五人を相手にして」

「……絶対に、勝てない!」


 リリーナが空笑いを漏らしながら呟き、キースは愕然とし、マリーは衣服が汚れることを気にすることなく地面に突っ伏してしまった。


「いや、チグサに七割の力を出させたのなら上出来だと思うぞ」

「「「「「どこが!?」」」」」

「アルお坊ちゃま。今の状況では、相当な嫌みになると思いますよ」

「むっ、そんなつもりで言ったわけじゃなかったんだがな」


 頭を掻きながら申し訳なさそうにしていると、エルクがこんな提案を口にしてきた。


「そういうなら、アルとチグサさんで模擬戦をしてみたらどうだ?」

「あっ! それは私も見たいかも!」

「そういえば、私たちも二人だけで模擬戦をしているところは見たことがないですね」


 リリーナとクルルはアルと一緒にチグサと模擬戦を行っていたが、あくまでも同時に模擬戦をしていたのであってアルとチグサが一対一で模擬戦をしているところを見たことはない。

 ダンジョンでの戦いを見ていて、三人で戦った模擬戦ではアルが本気を出していなかったのだと気づいた二人は、本気のアルを見てみたいと密かに思っていた。


「やってもいいが、参考にならないと思うぞ?」

「そうですね。根本的な戦い方が違いますからね」

「どういうことですか?」


 エルクたちはアルが剣術を使うことをまだ知らない。模擬戦となれば次元は違えど同じように魔法の撃ち合いになるのだろうと思っていたので、キースの疑問の声も理解できた。


「……まあ、遅かれ早かれバレることだし、別に見せておいてもいいか」

「よろしいのですか?」

「あぁ。エルクたちとは今後も一緒にダンジョンに潜ることになるだろうし、俺の戦い方を見てもらっていた方が今後の役に立つだろう」

「かしこまりました。では、皆様は壁際に移動していただいてもよろしいですか?」


 チグサの指示の下、リリーナたちもアンナも壁際へと移動する。


「アンナちゃんはアルとチグサさんの模擬戦を見たことはあるの?」

「いえ、私も今日が初めてです」

「そうなのですね。なんだか、とても楽しみです」


 クルル、リリーナ、アンナが小声で会話をしている中、エルクたちは無言のまま裏庭の中央に立ったアルとチグサに視線を向けている。

 ラミアンだけは笑顔を浮かべて全体の様子を眺めていた。


「アルお坊ちゃま、準備はよろしいですか?」

「あぁ、問題ないぞ」


 二人が握っているのはいつもの木剣である。

 お互いに構えを取ると誰かが合図をするわけでもなく、視線が交わった瞬間――同時に仕掛けた。

 木剣同士がぶつかり合い鈍く低い音が裏庭に響き渡る。

 金属ではなく木剣であるにもかかわらず、観戦者の聴覚を振るわせて顔をしかめさせていた。


「……重い一撃、ですね」

「……まだまだ、これからです!」


 アルがさらに力を込めて押し返そうとしたが、チグサは逆に力を抜きながら後方へ飛び退る。

 押し返す力を利用して大きく後方へ移動したチグサは、着地と同時にさらなる加速を乗せてアルへと迫った。


弧閃こせん!」


 速度には速度を。

 アルは加速に乗ったチグサめがけて自身が放てる最速の一振りで迎え撃つ。

 着地した位置、脚力、体の動き、視線。その全てを見極めて放たれた弧閃はチグサに命中すると確信を持っていた。しかし――


「――消えた!?」

「瞬歩・円」


 チグサの声はアルの背後から聞こえてきた。

 そして、言葉の終わりにはアルの首筋に木剣が当てられる。


「……参りました」

「なんとか、師匠の面目を保つことができましたね」

「ここは、友人の前で弟子に花を持たせる場所じゃないんですか?」


 振り返ったアルがそう言うと、チグサは微笑みながら首を横に振った。


「そんなことをしたら、アルお坊ちゃまが納得しないと分かっておりますので」

「……チグサさんは何でもお見通しですね」


 肩を竦めたアルはチグサと握手を交わし、リリーナたちのところへ歩いていく。


「……えっと、魔法は?」

「……確かに、これは参考にならないわね」

「……け、剣術って、ありなのか?」

「……規格外が、二人」

「……でも、これはすごいことかもしれませんね」


 それぞれが感想を口にしていたが、アンナだけは両手を胸の前で合わせたまま固まっていた。

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