第89話:剣術の存在
「……ア、アルお兄様、素晴らしいです!」
固まっていたアンナがそう言いながら飛び込んできた。
「おいおい、いきなりどうしたんだ? 素晴らしいって、魔法のない模擬戦に素晴らしいも何もないだろう」
「そんなことはありません! 我々魔法師は懐に入られてしまえば抵抗する術がほとんどありません。ですが、今のアルお兄様は魔法も接近戦も全てに対応できる過去類を見ない程に貴重な魔法師ではないですか!」
「ぼ、僕もアンナ様の意見に賛成です! そして、それは剣術ではないですか?」
「キース、知っているのか?」
剣術という言葉を魔法学園に通っている生徒から聞くとは思っていなかったアルは驚きと共に声を掛けた。
「僕だけではありません。エルクもマリーも知っていますよ」
「まあ、俺たちは平民だからな」
「冒険者になるつもりだよ」
「なるほど、冒険者を志望しているのであれば剣術を知っているのも頷けますね」
同意を示してきたのはチグサだった。
チグサも元は冒険者である。たまたまノワール家当主のレオンに雇われただけで、もしレオンとの出会いがなければ今も冒険者を生業にしていたかもしれない。
「ただ、僕は動くのが苦手なのでモンスターと接近戦をすることなんてできないので、やはり魔法しか使えないんですが」
「キースに同意」
「エルクはどうなんだ? 見たところ、動けそうな感じには見えるんだが?」
キースの意見にマリーは即答で同意したのだが、エルクだけは無言のままアルが握る木剣を見つめていた。
「……いや、俺も無理かな」
「どうしてだ? 試したことはあるのか?」
「ないけど」
「だったらやってみるのもありだとは思うけどな。冒険者志望なんだろ?」
「そうだけど……俺が剣術なんて、できるわけないし」
いつも快活に話すエルクとは打って変わり、自信なさげに俯き加減で口にするエルク。
その様子にキースとマリーも顔を見合わせて表情を曇らせていた。
「……アルお坊ちゃま、最初から諦めている者に剣術を学ばせるのは感心いたしません」
「――!」
そこへ厳しい声を浴びせたのはチグサだった。
「私たちは木剣を使っていますが、これでも当たり所が悪ければ怪我もしますし、死ぬこともございます。学びたい気持ちがあるのであればいざ知らず、最初からできないと言っている者に無理やり学ばせるのは危険を伴いますから」
「……確かに、チグサの言う通りだな」
「あっ……」
アルも同意を示した時、エルクは何かを言いたそうにしていたが言葉を発することはなかった。
「……まあ、本気で学びたいと思ったらいつでも声を掛けてくれ。チグサは忙しいから、俺で良ければ力になれると思うからな」
「……えっ?」
「アルお坊ちゃま」
呆れたようにチグサが声を掛けてきたのだが、アルは苦笑しつつ自分の意見を口にした。
「過去の産物である剣術を魔法学園に通う生徒が学ぶということは、それだけで軽蔑の対象になるかもしれないんだ。友達になったとはいえ、数日前に知り合った人間に教えを乞うのも覚悟が必要だってことだよ」
「……そうですね。私はアルお坊ちゃまを信じます」
「そんな、俺はアルのことを信じてるぞ!」
「分かっているよ。だから、覚悟が決まったらいつでも声を掛けてくれな」
そう言ってアルはエルクの肩に手を置いて笑みを浮かべた。
「……ありがとう、アル」
「いいって、友達だろ?」
アルとエルクが友情を深めていると、突然手が叩かれた。
そちらに全員の視線が向くと、そこには笑顔のラミアンが立っていた。
「さて! それじゃあ、訓練も終わったことだし――みんなでお風呂に入って来なさい!」
「「「「「「……えっ?」」」」」」
何を言っているのか、アルたちは誰も理解できずに首を傾げてしまう。
「うふふ、模擬戦のせいで汚れたり埃っぽくなっているでしょう? こんな状態で帰してしまったらノワール家として申し訳が立たないもの!」
「いや、母上、別にこれくらいならダンジョンに潜れば普通――」
「それに男の子同士、女の子同士で交流を深めるチャンスじゃないの!」
「いや、交流を深めるのに風呂じゃなくても構わない――」
「奥様、準備は整っております」
「チ、チグサさん!?」
「うふふ、しっかりと交流を深めておきなさい」
「……エミリア先生まで」
「あっ! 私もリリーナさんたちと一緒に入っていいですか?」
「アンナもか……あー、もう! 分かったよ、みんなもそれでいいか?」
「「「「「……あ、はい」」」」」
ラミアンたちの勢いに負けたアルたちは、裏庭から男女それぞれの風呂場へと移動することになった。
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