第84話:戻りの道中

 七階層に戻ってきた時、アルは再び何か聞こえたような気がした。それも今回は自分の名前を呼ばれたような。


「……」

「どうしたの、アル?」

「……すまん、ちょっとだけここで待っていてくれないか?」

「いいですけど」


 五人が顔を見合わせて首を傾げている間に、アルは道を外れて森の中に足を踏み入れていく。

 魔獣が隠れているわけでもなく、素材が落ちているわけでもない。なんとなく、森の奥から名前を呼ばれたような気がしたのだ。


「……なんだ、これは?」


 そこでアルが見つけたのは、女性を彫ったような木の像だった。

 なんとなく見たことのある女性の姿に感じたものの心当たりはない。

 しかし、お腹のあたりで両手を揃えており、その手には剣が握られた木の像をアルはその場に置いておくことができなかった。


「剣術を信仰する女神の像か? ……いや、まさかな。この時代にそんなものがあるはずもないし、何より学園所有のダンジョンに転がっているはずもないよな」


 自分へ言い聞かせるように口にすると、アルは木の像をその場に置こうとしたが――


「……うーん、どうしようかな」


 わざわざ口にしたにもかかわらず、やはり置いておくことができずにしばらく眺めてしまう。


「――アルー、大丈夫なのー?」


 どれほどそうしていたのか、心配になったクルルがアルを呼んでいる声が聞こえた。


「大丈夫だ、今戻るよ!」


 返事をして再び視線を木の像へと向けたアルは、仕方なく木の像を懐にしまうことにした。

 持って帰って困るものでもないし、もし不都合があれば売ってしまうか、そのまま捨ててしまっても構わないだろうと考えてのことだ。


「まあ、売るにしてもお金になりそうもないし、捨てることになるかもしれないけど」


 そう呟きながら五人のところに戻ってきたアルは一言謝罪を口にして、再び上層へと進み始めた。


 ※※※※


 道中では魔力の回復したエルクとマリー、そしてキースに経験を積ませるために時折戦闘へ参加してもらっていた。

 その分、戻るのに時間が掛かってしまったものの学園の授業時間内では戻ってくることができたので問題はなかった。

 このまま八階層まで足を運んだと報告すれば、ゾランから無駄な反感を買うことになるだろうと判断したアルたちはその足で職員室へと向かう。

 授業を早い段階で切り上げたのか、すでにペリナは自分の机でお茶をしていたので声を掛けてダンジョンで手に入れた素材をどうするべきかの判断を仰いだ。


「二つのパーティで行ってきたのね。それで、素材っていうのは……あー、それね」


 ヴィルパイソンの角はそれなりの大きさがあるのですぐに気づかれてしまった。


「……えっ? ちょっと待って、それってヴィルパイソンの角なの?」

「そうですよ」

「ここのダンジョンでヴィルパイソンが縄張りにしている階層って確か……は、八階層じゃないの?」

「はい。俺たちは八階層まで潜ってきました」

「でも、僕たちはアル様のパーティについて行っただけなので、実質は三人だけで八階層まで到達してましたけどね」


 キースの補足はペリナをより驚愕させるものになってしまう。

 初めてのパーティ訓練で七階層まで行ったこと自体、過去に例がないことだったにもかかわらず、今回は一年次から八階層に到達してしまった。どちらもFクラスのパーティがだ。

 一年次で八階層まで行った例は、アルの一番上の兄であるキリアンのパーティが成し遂げていたが、それでも一年次最後のパーティ訓練であり、さらにAクラスの優秀な生徒で作られたパーティでの話だ。


「……ごめん、キース君。三人は本当に何もしてなかったの?」

「エルクとマリーが二階層で魔力を使い過ぎてしまって、本当に何もしていませんでした」

「ついて行っただけだぜ!」

「うん。節約を勉強した」


 自慢できることではないので、エルクとマリーが自信満々で言っていることにキースは溜息をついていたが、話を聞いているペリナとしてはどう対処していいのか分からなくなってしまっていた。


「……えっと、うん。とりあえず、学園長に報告してきていいかな?」

「いや、俺たちはこの素材の所有権とか、どうしたらいいのかを聞きたいだけなんですが。もし前回みたいに学園側で回収するなら、この場に置いていってもいいんですが?」

「それじゃあ、アル君だけ残ってちょうだい。他のみんなは解散していいわよ」

「……なんで俺だけ残らないといけな――」

「なんででもよ! お願いだから、本当に! っていうか、それを持って今から一緒に学園長室に行くわよ!」

「えっ、いや、ちょっと、スプラウスト先生!?」


 ペリナは有無を言わせぬままにアルの腕を掴むと、逆の手でヴィルパイソンの角を持って職員室を出て行ってしまった。


「「「「「……どうしたらいいの?」」」」」


 残された五人は顔を見合わせて困惑していたが、別の教師に促されてこの日はそのまま解散したのだった。

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