第72話:昼休み

 午前中の授業が終わり昼休みになると、アルたちは学園の食堂へと移動した。

 リリーナだけは弁当を持っているのだが、五人が食堂を利用するということもありそちらで食事をすることにしている。

 だが、今日から感じている冷ややかな視線は食堂へ続く廊下でも、もちろん食堂でも続いているので気持ちよく食事を摂ることはできなかった。


「美味いはずの料理が、今日はあまり美味く感じねえよー」

「これは、仕方ない」

「仕方ないけど、いつまで続くのかが問題よねー」

「確かに、これが卒業まで続くとなればきついですね」

「アル様、どうしましょうか」


 キースの言う通り、この状況がいつまでも続くとなれば学園生活に支障をきたしてしまう。

 本来なら担任のペリナに相談すべきなのだが、今日の授業風景を見ていると行動を起こしてくれるとは思えない。

 ならばどうするか――


「今日の授業で、ゾランが実戦授業をしたいと言っていただろう?」

「んあ? ……あぁ、確かに言ってたな」

「でも、あれは単純に授業がつまらなかっただけじゃないの?」

「いや、あれはおそらく、実戦授業で俺を叩き潰したいんじゃないかって思うんだ」


 アルの推測を聞いて、テーブルに突っ伏していたエルクが顔を上げ、他の面々も顔を向けてくる。


「発言する直前、ゾランは俺の方を見てきた。あれは、そういうことだと思う」

「だったら、無視してやればいいのよ」

「そうですよ。あちらに付き合う必要はどこにもありません」

「異議なし」


 リリーナの言葉にキースとマリーが同意を示してくる。

 それでもアルは別の考えを口にした。


「もしゾランが仕掛けてきたら、俺はあえて受けようと思っている」

「おっ! だったら俺もそれに混ぜて――」

「エルクは黙っていてください!」

「トラブルメーカー」

「ぐぬっ!」


 パーティの二人から指摘を受けてしまい、エルクは再び突っ伏してしまった。


「……あー、話を戻すぞ。このままの状況が続くのは確かに良くない。だからと言って先生に相談しても好転するとは思えない。だったら、自分たちの手で打開するしかないと俺は思う」

「それがゾランを逆にこっちが叩き潰すってことね」

「ですが、危険ではないですか?」


 少しだけ気持ちが高揚しているクルルとは異なり、リリーナは心配を口にする。

 アルの実力は二人が一番よく知っているのだが、それは魔獣を相手にした場合に限られている。

 相手が同じ人間となれば戦い方も変わるだろうし、気持ちの部分で動きが鈍ることだってある。

 実際にゾランと対峙した時、いつものアルでいられるのかというのが一番の心配だった。


「対人戦は授業でもやることですよ。一年次では珍しいかもしれませんが……って、そういえば初日でスプラウスト先生と模擬戦をやっていましたっけ」

「あー! そうだけど、あの時のアルは凄かったな!」

「あれは、異常だった」

「ちょっと、エルクもマリーも、今はその話をしている場合じゃないですよ!」


 話の腰を折らないようにとキースが慌てて口を挟み、アルに話を続けるように視線で訴える。


「……というわけで、対人戦の授業も一年次から入ってくることも多くなるはずだ。だったら、今の内に白黒はっきりさせるのもありじゃないかな」

「うーん、アルの言っていることも分かるんだけどさ、自信はあるの?」

「そうですよ。アル様が負けるようなことはないと信じていますが、相手は何をしてくるか分からないんですよ?」

「自信か……それじゃあ逆に聞くが、二人は俺が誰と模擬戦を繰り返していたと思っているんだ?」

「誰とって……」

「それは……」

「「……あー、勝てるかも」」


 リリーナとクルルが思い描いた相手とは二人も模擬戦をしたことがある。それも、アルを加えた三人掛かりでだ。

 最終的には勝ちを手にすることはできたものの、明らかに手を抜いていた感は否めない。


「何々、どうしたんだ?」

「アル様はどなたかと模擬戦を行っているんですか?」

「気になる」

「ノワール家にいる先生と毎日のように模擬戦を繰り返していたんだよ。先生は結構な実力者だったし、ゾランに劣るとは微塵も思えないんだよな」


模擬戦をしていた相手はもちろんチグサのことだ。

しかし、チグサはレオンの護衛でもあり秘匿されている存在ということで名前を出すことはなかった。


「微塵もって……でも、それなら安心じゃないか?」

「実際、七階層まで行った実力もあることですしね」

「……余裕」

「ですがアル様、油断大敵でお願いしますね」

「私たちも協力できることがあったら何でもやるからね」

「ありがとう、みんな。だけど、そっちこそ無理はするなよ」


 お互いに対策を考えながら時間を過ごし、午後の授業へと向かうのだった。

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