第73話:論破
午後の授業も座学だったのだが、ここでもゾランからは特に意見が出ることはなかった。
問題なく授業も終わり、生徒がパラパラと帰宅の途についていく中、ゾランと取り巻きがアルたちのところに近づいてきた。
「おい!」
「なんですか?」
「貴様、どういうつもりだ!」
「……なんのことを言っているのかさっぱり分からないんだが?」
「白を切る気か!」
「白を切るも何も、お前に何かをした記憶がないんだがな」
おそらくアルたちだけではなく、教室に残っていた生徒も何のことを言っているのかは分かっているだろう。そして、アルの態度が明らかに挑発しているということも。
しかし、アルとしては本当にゾランに対して何かをしたということは一切なく、そのうえで言葉を選びながら対応している。
「ふざけやがって!」
「いや、ふざけているのはどちらだ。俺が何をしたと言うんだ?」
「俺様に対して度胸がないだの、気にする必要はないだの言っていただろうが! ザーラッド家に対して、その物言いはどういうことだ!」
「度胸がない? ……あぁ、あのことか」
「ふん! ついに白状する気になったか!」
「……いや、すまないがお前に言ったつもりはないんだがな」
「き、貴様、ここまで来てまだ白を切るつもり――」
「俺はこの冷ややかな視線を誘導している誰かも分からない相手に向かって発言をしたんだ。別にお前に対して言っているわけじゃ……まさか、お前がやっているのか?」
アルの発言を受けて、ゾランは自分の失態にようやく気がついた。
確かにアルはゾランが裏で糸を引いているとは一言も言っていない。それどころか、アルたちしか冷ややかな視線には晒されていないので、他の生徒がその視線に気づくことはできないはず。
そんな誰に対して発言しているわけではない会話に反応を示しているのだから、自分がその主犯であると言っているようなものだった。
「……な、なんのことだ?」
「それは俺が聞きたいんだがな」
「くっ! ……い、行くぞ!」
「あっ! 待ってください、ゾラン様!」
言い負かされたことを理解したのか、ゾランは足早に教室を後にしてしまう。
直後にはアル以外の五人から大きな息が吐き出された。
「はああああああぁぁぁぁ……ちょっと、アル! あんた、やるじゃないのよ!」
「あの一瞬でよくあそこまで考えられたな!」
「アルさんは、鬼だね」
クルルとエルクが興奮したように声をあげ、マリーも声は小さいながらも頬は少しだけ紅潮している。
「ですが、息が止まるかと思いましたよ」
「ほ、本当ですよ! アル様は無理をし過ぎです!」
キースとリリーナからは安堵の声が漏れてくる。
「ゾランからいちゃもんを付けられた時から、色々と考えていたからな。別にあのタイミングで考えたわけではないんだよ」
「それでもすぐに言葉が出てくるのはすごいことだと思いますよ」
「リリーナ様の言う通りです。それも、ゾラン様を言い負かすほどにだなんて」
「なあ、キース。ゾランに対してまで様付けはいらないんじゃないか?」
「うん、無駄」
「いや、まあ、僕の性格だからさ」
話が脱線したタイミングで教室に残っていたペリナが声を掛けてきた。
「アル君は学級長なんだから、自ら問題を起こさないでよねー」
「だったら問題解決に動いてくれませんか、スプラウスト先生」
「そうしたいところなんだけどねー。ザーランド家は上位貴族の中でも力を持っている家だから、私如きが口を挟んだところでどうしようもないのよー」
「……はぁ」
「あっ! その溜息は納得いかないわよ!」
「だったら動いてくださいよ。学園という名の大義名分を盾にしてでも」
アルは学園を大義名分として動くことをレオンから許可されている。ザーラッド家という大きな力を持つ上位貴族を相手にしても良いとはっきりと口にしたのだ。
それにもかかわらず、学園の教師という立場にいるペリナが動かないということに内心で苛立ちを覚えていた。
「私も今日この状況を確認したのよ。昨日の今日で動くとは思っていなかったわけ」
「それでは、動いてくれるということでいいんですか?」
「まずは学園長に報告ね。それから私なりに考えてあげるわ」
「でしたら、一つお願いしたいことがあります」
「……無理は言わないでよね?」
「言いませんよ。これは先生にしかできないことですから」
ペリナが声を掛けてきたことをいいことに、アルは食堂で話をしていたことを説明する。
大胆な提案に最初は嫌な表情を浮かべていたのだが、ペリナはアルがダンジョンから持ってきた素材を実際に目にしており、その実力を理解していた。
「……まあ、アル君なら問題はないか」
「そういうことですから、実戦授業ができるのであればよろしくお願いします」
「全く、自ら問題に飛び込んで行くなんて前代未聞よ?」
「先生方が頼りになりませんからね」
「……もー、分かったわよ! 全く、アミルダ先輩といい、アル君といい、私の扱いがひどいのよ。まあ、私が無理を言ってここに赴任させてもらったから文句は言えないんだけど……はぁぁぁぁ」
ペリナは協力を約束してくれたものの、最後は大きな溜息をつきながらその場を離れていった。
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