第71話:座学と実戦

 翌日もいつも通りに学園に向かったアルだったが、門を潜ったところから冷ややかな視線に晒されることになる。


(なるほど、さっそくやってきたか)


 この視線を作り出しているだろうゾランを思い浮かべながら、特に気にした様子を見せずに教室へと急ぐ。

 というのも、アルだけが視線に晒されているはずもなく他の面々にも同様な事態が起きていると考えたからだ。


 教室に到着したアルが最初に見たのは、普段と変わらない様子でこちらに手を振ってくるリリーナとクルル。そして、その後ろの席でホッとした表情を浮かべているエルクたちの姿だった。


「おはよう、みんな」

「おはようございます、アル様」

「アルにもあの視線、あったの?」

「あぁ。ということは、やはりみんなにもあったんだな」

「本当に、アルの言った通りになったよなー」

「事前に話を聞いていなかったら、僕は委縮してしまったかもしれませんよ」

「私も。あの視線、気持ち悪い」


 それぞれが感想を口にしている中で、アルはリリーナとクルルの間に腰を下ろして授業の準備を始める。

 前の席にはゾランとその取り巻きが陣取っており、こちらを振り返ってニヤニヤと笑っていた。


「……まあ、直接手を下すような度胸もないんだ、気にする必要はないんじゃないか?」

「なあっ!」


 笑っていたゾランに聞こえるような声音でそう口にしたアル。

 直後にはゾランの表情が憤怒に染まり、体が小刻みに震え出す。

 今にも飛び掛かって来そうな雰囲気に、アル以外の五人は緊張に包まれたのだが――直後にはドアが開かれてペリナが入ってきた。


「みんな、おはよー! ……って、どうしたのかしら?」


 怒りの拳を机の下に隠したゾランは前を向く。

 しかし、周囲の状況からこの雰囲気の原因がゾランにあるということは一目瞭然だった。


「……まあ、揉め事はほどほどにねー。それじゃあ、授業を始めるわよー」


 ペリナも気づいているようだが、あえて何があったのかを言及することはなかった。

 目に見える問題が起きていない以上、この場で何か行動を起こすことは憚られた。


 魔法学園での座学だが、一年次では基本をおさらいすることが最初の頃は多くなる。

 そもそも、魔法学園への入学を目指す子供たちには家庭教師を雇う親が多く、一年次で習う授業内容はほとんどの生徒が理解している。

 中には家庭教師を雇う余裕がない家庭もあるので、そういった生徒のために基本を教えていると言っていいだろう。


 アルやリリーナは貴族家ということもあり家庭教師を雇っており、クルルも商家で平民としてはお金に余裕もあり家庭教師を雇っている。

 エルクたちはキースだけが家庭教師を雇っており、エルクとマリーは雇っていない。

 それでもキースが二人の家庭教師代わりとなり予習をしていたので、授業には問題なくついていくことができていた。


「――であるからして、まずは心の属性を自在に操れるよう魔力操作を鍛えていき、そして他の属性との戦略を考えるわけです」


 ほとんどの生徒が聞き流していく中で、エミリアというとても優秀な家庭教師から教えてもらっていたアルはペリナの授業に耳を傾けていた。


(戦略か。普通の座学かと思ったが、その中身は実戦を想定して話がされている。スプラウスト先生が考えてこの内容にしているのか、気になるところだな)


 実戦を想定しているということは、少なくとも本人が実戦を経験していなければ教えることは難しい。

 卓上で考えられただけの内容だと見当違いのことを言っている場合もあるのだ。


「実戦では不要だと言われている金属性も、使い方によっては――」

「先生」

「……どうしましたか、ゾラン君?」


 ペリナの授業を遮るように手を上げたゾランは、チラリとこちらを見ると口を開く。


「ここにいるほとんどの生徒は基本を習ってきています。今の授業内容だって、完璧に学んでいます。なので、パーティ訓練のような実戦的な授業に変更してくれませんか?」


 発言を終えると、取り巻きたちも賛成だと声をあげて授業にならなくなってしまう。


「……まあ、確かにそうかもね。だけど、いきなり授業内容を変えることはできません。他のクラスの予定もあるからね」

「では、いつからならできますか?」

「そうねえ……まあ、今日の内に学園長に相談してみるわ。いつからかは、分からないわね」

「そうですか……でしたら、なるべく早くお願いします」

「仕方ないわねぇ。それと、座学に関しては分からない生徒もいるかもしれないので、一人でも聞きたいという生徒がいれば座学も続けます。その場合、実戦的な授業に関しては内容を精査することになるから、そのつもりでね。それじゃあ、授業を続けるわよー!」


 その後の授業ではゾランが口を挟むことはなかった。

 しかしゾランの思惑を考えると、アルは嘆息するのだった。

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