第66話:報告
驚愕している二人とは異なり、ラミアンは当然かのようにアルに話し掛けた。
「あら、七階層まで行ったなら、八階層も行けたんじゃないの?」
「行くだけなら可能だったかもしれませんが、二人を危険に晒すわけにはいきません」
「うふふ、分かっているじゃない」
「それに、特殊個体かもしれませんが、通常より巨大なブラックウルフが七階層に現れたので、そちらの討伐に重きをおきました」
「特殊個体のブラックウルフ? ……それで、その魔獣は討伐できたのかしら?」
「はい。そうだ、素材の評価をいただこうと思っていたのですが、こちらに素材を出してもいいのでしょうか?」
学園長室に魔獣の素材を出していいものか迷ったアルは確認を取ってみたのだが、アミルダも覚悟を決めたのか溜息をつきながら頷いた。
「それでは――これらがブラックウルフの素材です」
アイテムボックスから取り出されたのは牙、爪、毛皮などの比較的見た目が綺麗な素材だった。
「一応、生肉もありますけど臭いがこもるかもしれないので中に入れたままにしてます」
「助かるわ。生肉の方は後でペリナに確認をしてもらうことにして」
「えっ! それってどういうこと――」
「本当にブラックウルフだわ。それも、言っていたように通常よりも大きい」
ペリナの発言には聞く耳を持たず、アミルダが素材を一つ一つ確認していく。
だが、その中にはアルが魔法装具として使えると判断した特別大きな牙は並べられていない。
というのも、ダンジョンから持ち帰ったアイテムは回収されてしまうからだ。
リリーナとクルルも牙の存在には気づいているのだが、事前に持ち帰ると話していたので言及はしなかった。
「……まあ、これだけの素材を見せつけられたら最高点をあげるしかないわよね」
「……と言いますか、他のパーティは最高で三階層ですから」
「……さ、三階層?」
アミルダとペリナの言葉を受けて、アルはまさかと言わんばかりに声を出した。
「三階層にはゴーストナイトがいたでしょう? あいつは、初心者の天敵と言われている魔獣なのよ」
「……まあ、二階層までで遭遇した魔獣の中では強い方でしたけど、全然問題にはなりませんでしたよ?」
「アル様? 私たちはアル様がいたから初見でも倒せましたが、普通はあのようにうまくいかないと思いますよ」
「というか、アルみたいな戦い方は絶対にできないからね」
「……あー、言われてみたらそうか」
頭を掻きながら自分が魔法師とはかけ離れた戦い方をしていることを思い出して納得してしまう。
ただ、傾向と対策をしっかりしていれば初見であってもゴーストナイトを討伐することも難しくはないと思っているのも本音ではある。
「やはり、今回のパーティ訓練は時期尚早だったのではないですか?」
「そうですよ、スプラウスト先生! 私たちはアルがいたから大丈夫だったけど、他のパーティは大変だったと思います!」
「連携の面もそうですが、魔獣に対する知識が明らかに足りないのだと実感もいたしました。もっと知識をつけてからというのが、本来のやり方なのでは?」
「えーっと、それはそうなんだけどー……そ、そのことについてはアミルダ学園長が――あいた!?」
三人からの追及の言葉を全てアミルダに投げようとしたペリナだったが、そのアミルダからげんこつが落とされていた。
「……リリーナとクルルの主張はもっともだ。学園なのだから全ての物事を安全に進めるべきだと考えるのも当然のことだろう」
「でしたら、どうして学園長は実戦的な授業を取り入れているのですか?」
「そうですよ。このままいけば、怪我では済まない生徒も出てきてしまいますよ?」
さらなる追求に対して、アミルダは腕組みをしながら答えた。
「君たちは、魔獣に待ってくれとお願いしたら、待ってくれると思っているのか?」
「……あり得ません」
「その通りだ。私は、安全なダンジョンしか経験していない者たちを、危険なダンジョンに放り投げるような真似はしたくないんだよ」
「……でも、ここのダンジョンも十分危険ですよ?」
「当たり前だ。ダンジョンというのは、その全てが危険なのだからな。……私は、学園が管理しているダンジョンでなるべく多くの危険を経験してほしいと思っている」
「……それは、どうしてなのですか?」
最後のリリーナの質問に対して、アミルダはすぐに答えることはせずにアルへと視線を向けた。
「……学園が管理しているダンジョンなら、その危険をなるべく安全に経験できるから、ですね」
「その通りだ。周りに誰もいない外のダンジョンで危険と遭遇した場合、自分の力だけで危険を乗り越えなければならない。だがここなら、アルが言った通りになるべく安全に危険を経験することができるんだ」
「ですがヴォレスト先生。それはどちらも紙一重の判断なのではないですか?」
「それも正しいわね。なるべく安全ということは、絶対に安全なわけではない。だけど、全てを教えてダンジョンに潜ったとしても、それが絶対に安全とも言えないわ」
「結局のところ、自力を鍛えるしかないってことですよね。そして、その自力を鍛える場としてダンジョンはうってつけだということ。さらに言えば、それができなければ外のダンジョンで死ぬだけだということです」
アルははっきりと死というフレーズを口にした。それも、五階層でダンジョンに殺されると伝えた時のような真剣な眼差しで。
「……そうだよね。ダンジョンでは、一瞬も気を抜けないんだもんね」
「……学園長先生、大変失礼いたしました」
「いや、理解してくれたなら構わないさ。だが、全ての説明をアルがしてしまったがな」
「話を振ったのはヴォレスト先生じゃないですか」
「うふふ、アルは本当に賢いのねー」
学園長室が賑やかになる中、げんこつを落とされたペリナだけがポカンとしている。
「……私へのげんこつ、必要でしたか?」
そんな嘆きの言葉は、誰の耳にも届いていなかったのだった。
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