第57話:ダンジョン・五階層③

「――ル」

「……ぅぅん」

「――ルル」

「……まだ寝るぅぅ」

「クルル!」

「はっ! ……あれ、ここは?」


 名前を呼ばれた勢いで体を起こしたクルルは、寝ぼけ眼で周囲を見渡している。

 その途中に呆れ顏のアルを見つけてから数秒後、ようやくダンジョンに潜っていることを思い出した。


「……お前、ダンジョンなのに気持ちよく寝過ぎじゃないか?」

「あ、あは、あははー」


 頬を掻きながら苦笑いしているクルルはすぐに立ち上がり交代の準備を始める。


「そういえば、一回も起こされなかったけど大丈夫だったの?」

「あぁ、全く問題なかったよ」

「そうなんだ……それって、私の時に魔獣が現れるなんてことないわよね?」


 一度も魔獣が現れないということは、これから現れると考えても不思議ではない。


「どうだろうな。大丈夫じゃないか?」

「そうかなー」

「そうだよ。一応、魔獣が現れたら起こしてくれよ」

「りょうかーい!」


 この付近に魔獣がいないことをアルは知っている。

 二人が寝ている間に出会った魔獣は全て斬り捨てているのだから。

 だが、この事実を口にしてしまうと怒られてしまうのは確実なので黙っていることにした。


「それじゃあ、任せた」

「はいはーい、お休みー」


 気楽な返事に苦笑しながら、アルは再び眠りについた。


 ※※※※


 結局、野営をしたルームには一度も魔獣が現れることはなかった。

 不思議に思っている二人を横目にアルは仕掛けた罠を片付けていき、準備が整うとすぐに出発しようと声を掛けた。


「ルームを出たらそこかしこに魔獣がいたりして」

「や、やめてよ、クルル様」

「どうだろうな。まあ、出てみたら分かるさ」

「……なんでそんなに余裕なのかしら」

「……なんだか怪しいですね」

「怪しいってなんだよ、怪しいって」


 なんでもないように誤魔化しながら、三人はルームを出て六階層への階段を探し始めた。


 魔獣の数はとても少なく、遭遇しても一匹や二匹程度で群れではない。

 これなら問題ないと二人も積極的に戦闘へと参加して討伐していく。

 攻略は順調に進み、一時間と掛からずに六階層への階段を見つけることができた。


「見つけられましたけど……」

「なんだか拍子抜けというか……」


 アルが魔獣を討伐し過ぎたために、五階層は四階層よりも簡単だと二人は感じていた。

 実際にはアルが四階層に現れた以上の数を魔法を使わずに討伐しているのだが、そのアルは二人の後ろで何も言わずに佇んでいた。


「……えっと、行きますか?」

「……まあ、行くけど……行くよね、アル?」

「当然だろう」


 困惑している二人を見て、アルは気持ちを引き締めさせるためにもあえて六階層からは厳しくなるのだと口にした。


「五階層はこうだったが、俺たちを油断させるための罠かもしれない」

「罠って、ダンジョンが?」

「その通りだ。ダンジョンはいまだに解明されていないことが多い。中に入って来た俺たちを殺すために、あえて五階層では魔獣の数が少なかったのかもしれない」

「……アル様の、言う通りかもしれませんね」

「気を抜いていると、ダンジョンに殺されるぞ」


 殺される。

 その単語一つで二人は気持ちを引き締めることができた。

 ここは安全な都市の中ではない。教師が見守っている学園ではない。

 ここは、魔獣が闊歩しているダンジョンなのだ。


「……よし、行くぞ」

「「はい!」」


 こうして三人は二日目にして六階層へと足を踏み入れた。


 ※※※※


 ――一方学園では。


「ちょっと、ペリナ! あんた、アルに何を吹き込んだのよ!」

「わ、私は何も言ってませんよ! 普通にパーティ訓練の授業について説明しただけです!」


 ダンジョンから帰還しないアルたちを心配して、朝から職員室でアミルダがペリナに詰め寄っている最中だった。


「そんなわけないでしょう! パーティ訓練一回目で泊りがけの攻略をする生徒なんて見たことないわよ!」

「私だって初めてですよ! 危険があるパーティ訓練で変なことを言うわけないじゃないですか!」


 学園長と一教師が口論しているの姿を、他の教師たちは遠目から眺めている。

 これが教師同士の口論であれば仲裁に入れるのだが、学園長がいることで何を言っても言い返されると思っているのだ。


「アルに何かあったら、あんた許さないからね!」

「そ、それはひどいですよアミルダ先輩! 私は本当に何も――」

「ここでは学園長と呼びなさい!」

「だ、だって~!」

「――あらあら、何を騒いでいるのですか?」


 そんな二人の口論に口を挟んだのは――


「……どうしてここにいるんだ、ラミアン」

「アルが帰ってこないからどうしてかなと思ってね」

「あ、あの、その、えっと~」


 しどろもどろになっているペリナをじーっと見つめていたラミアンだったが、その姿に耐えきれなくなったのか最終的には笑い声を出していた。


「……ふふ、うふふ、ごめんなさいね、ペリナちゃん」

「……ど、どういうことですか、ラミアン先輩?」

「アルが泊りがけでダンジョンに挑んでいるのは、私のせいなのよ」

「ラミアンの? どういうことだ?」

「実は、アルはちょっとしたで八階層まで向かっているのよ」

「「……は、八階層!?」」


 二人の声に他の教師たちも慌て始めた。

 それもそのはず、八階層というのは二年次や三年次でも到達できるかどうかの階層である。

 キリアンは優秀だったからこそ到達できた階層であり、それも最初のパーティ訓練で到達したわけではない。


「キリアンが一年次で八階層に到達したこともあって、アルにも目標は高くと言ったのよ。ダンジョンで三日間を暮らすようにも言ったわね」

「おい、ラミアン。ダンジョンで三日間暮らすのはまだ分かる。泊りがけの攻略と言うのは三年次では必修だからな。だが、八階層というのは確か……」

「その通りよ。キリアンが八階層に到達したのは、であって、最初の訓練ではないわ」


 そう、アルは勘違いしていた。

 キリアンが最初のパーティ訓練で八階層まで到達したのだと。

 もちろんラミアンはアルが勘違いしていることに気づいていたが、それを承知で目標を立てさせていた。


「お前、アルが死んだらどうするつもりなんだ?」

「リリーナちゃんやクルルちゃんも一緒ですし、無茶はしないわよ。それに、アルならもしかしたら……とも思っているもの」

「それは、親バカか?」

「事実を言っているだけよ」


 ラミアンとアミルダは険悪な雰囲気で顔を見合わせている。

 だが、すぐにお互いに笑みを浮かべて苦笑いを浮かべた。


「仕方ない、私も信じるとするか」

「心配を掛けさせてしまってごめんね」

「……えっと、私の疑惑は解けたということでいいんでしょうか~」


 一人だけ自分の心配をしているペリナは放っておき、ラミアンはそのまま学園長室で時間を潰そうとアミルダと一緒に職員室を後にした。


「……あの、えっと、私は?」


 取り残されたペリナはしばらくその場で固まっていたが、数秒後には大きく肩を落としたのだった。

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