第56話:ダンジョン・五階層②

 ――アルは目を覚ますと、すぐにリリーナへ声を掛けた。


「リリーナ、交代だ」

「えっ? もうそんな時間ですか?」


 ダンジョンの中では太陽の位置で時間を確認することができない。

 そのため、懐中時計がアイテムボックスと合わせてパーティに支給されている。

 本来なら起きているリリーナが交代時間にアルを起こす手はずになっているのだが、アルは交代時間の数分前に自然と起きてしまった。


「あの、本当に休まれましたか?」

「あぁ。ぐっすり寝ることができたよ、ありがとう」


 心配そうな顔でこちらを見ているリリーナに微笑みながら懐中時計を受け取るアル。


「決めた時間には起きられるように訓練しているんだよ」

「そんな訓練あるのですか?」

「まあ、俺の場合は自主的にかな」

「自主的にって……アル様は本当にすごい方なのですね」


 冗談だと思ったのか、リリーナはクスクスと笑いながら立ち上がり座っていた場所をアルに譲る。


「何かあればすぐに起こしてくださいね」

「あぁ。一人で無茶なんてしないよ」

「……本当に、お願いしますね?」

「分かってる。お休み、リリーナ」

「お休みなさい、アル様」


 女性としては異性に寝顔を見られるのは嫌だろうに、と思っていたのだがリリーナはすぐに可愛い寝息を立てて寝入ってしまう。

 その姿に微笑みながら、アルは大きく深呼吸をすると――その場を立ち上がりルームの入り口へと向かった。


 その場で見張りをしていることが正しいのだろう。だが、アルとしては自分が見張りをしている間にある程度五階層の魔獣を倒しておきたいという思惑があった。

 しかし、ここで魔法を使ってしまえば音や揺れで二人が目を覚ましてしまう恐れもあり、なおかつ魔力を使ってしまうと休みを取った意味がなくなってしまう。

 ならばどうするか――


「俺には、剣術があるからな」


 そう言って懐から魔法を放つ際に媒介にしているナイフを取り出した。

 魔法装具ではないものの、魔法を発動するにあたり何かを媒介する方が軌道を操作しやすいと言われている。

 アルにとっては関係のないことであり、媒介がなくても魔法を任意の方向に飛ばしたり出したりすることができるのだが、これ幸いとナイフを媒介にすると主張して持ち込んだのだ。

 剣とナイフでは戦い方は全く変わってしまうのだが、マリノワーナ流にはナイフ術もあるので体を鍛えている今のアルならば問題はないだろうという判断だった。


「さて、まずは何が出てくるか……」


 通路を抜けると、出てきた通路を含めて五つの分岐が存在するルームに出てきたアル。

 しばらくそこに身を置いていると――一つの通路からゴーストナイトが姿を現した。


「準備運動にはちょうどいいか」

『コオオォォ』


 左手の盾を正面に、右手の剣を引いて構え、そのまま突っ込んできたゴーストナイト。

 激突と同時に壁に押し付け、一突きで息の根を止める算段のゴーストナイトだったが、アルはチグサ直伝の歩法を用いて一瞬で背後を取ってしまう。


「――瞬歩」

『ココオッ!?』

「遅い」


 逆手に持った右手のナイフをフルプレートの隙間、首に滑り込ませて両断してしまう。

 勢いよく跳ね上がった頭部が地面に落ちるのと同時に、胴体は力が抜けたように地面に倒れ伏した。


「……うん、悪くないな」


 アルが使うナイフだが、チグサから貰った逸品である。


「南の大陸ジーグリアの鉱石で作られた名刀――斬鉄ざんてつ


 名前もカーザリアではあまり効かない響きであり、さらに片刃というのもあまり見ない。

 その代わりというわけではないが、切れ味だけを見れば前世の記憶を遡ってもそうそうお目に掛れない逸品だった。


「……んっ? そういえば、魔法を使わずに倒した魔獣から獲得する素材って評価につながるのか?」


 剣術が評価につながることは一切なく、むしろマイナスに評価されてしまう。

 ダンジョンの中で誰の目もなく、魔獣を倒す方法が剣術であっても問題にはならないと思いたいがどうだろうか。


「……まあ、いいか。こいつらを評価の素材に持って帰るつもりはないしな」


 こいつら、と言ったのにはわけがある。

 ゴーストナイトとの戦闘はとても静かに終了を迎えた。

 だが、フルプレートの肉体を持つゴーストナイトが地面に倒れた時には金属音がルームに響き渡り、その音が通路へと抜けていった。

 人の耳には聞こえないかもしれないが、聴覚に鋭い魔獣ならば聞き逃さないだろう。

 結果――四つの通路から魔獣が殺到してきていた。


「さて、全員掛かって来いよ、斬り捨ててやる」


 久しぶりに全力で、周りを気にすることもなく、嬉々として斬鉄を振ることができる。

 その狂喜に魔獣の方が気圧されていた。


「……なんだ、来ないのか? それならこっちからいくぞ?」


 魔獣に人間の言葉は通じない。そのはずなのだが、挑発されたということだけは雰囲気から伝わった。

 気圧されていた魔獣はその本能を呼び覚まし、雄たけびを上げ、我先にと駆け出してくる。


「さあ――剣の時間だ!」


 獰猛な笑みを浮かべたアルは、魔獣の群れに突っ込んでいった。

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