第55話:ダンジョン・五階層
三人は一気に五階層へ進出、そのまま攻略へ――と意気込んだが、ここでようやくアルの異変に二人が気づいた。
「アル様、どうしたのですか?」
「もしかして、魔力が尽きてきてる?」
「……ちょっと、魔力融合を、使い過ぎたかな」
通路の途中で壁に背を預けて大きく息を吐きだす。
その様子に二人は心配そうな表情を向けているが、アルは笑顔を作り大丈夫だと口にする。
だが、その額には大粒の汗が浮かび上がっており強がっていることは明白だった。
「……今日の攻略は、五階層で終わりましょう」
「いや、目標を達成するにはせめて七階層には行かないと――」
「ダメよ! 目的を見失わないで。確かに目標を達成することも大事だけど、一番大事なのは三人が安全に、そして無事にパーティ訓練を終わらせることなんだからね」
クルルの言葉を受けて、アルは目を閉じその意味を噛みしめる。
言われてみて初めて気がついたが、アルは目標を達成することに固執していた。
あくまでも目標であり、目的は素材を手にして地上に戻り、評価を得ることだ。
それでもアルとしては目標を全て放棄することもラミアンの期待に背くことになると思っているので、一つの妥協点を見つけることにした。
「……分かった。今日は五階層で野営できるところを見つけよう。そこで、三つある目標のうち、どれを見切ってどれを目指すか、それを探ろうか」
「アル様は貪欲なのですね」
「まあ、レベル1しかないのに魔力操作を集中的に学んだり、魔力融合を覚えたりしてるからね」
「貪欲かは分からないが、そうしないと何もできなかったからな」
苦しそうな表情だったものが自然な笑みへと変わり、アルは気合を入れて壁から背中を離した。
「よし、三階層で一度休んだルームを探そうか」
「そうですね。それまでは私も頑張ります!」
「攻撃は任せて、アルは指示だけしておくのねー」
「……みんな、ありがとう」
そして再び歩き出した三人は、直後にゴーストナイトが現れた。
初見の時にはアルが前に出て気を引いていたものの、今回は接近させないことをリリーナが優先してアースウォールで壁を作り、クルルが壁に隠れて接近していく。
壁を避けて前に行こうとしているゴーストナイトの背後に回り込んだクルルはフレイムランスを放ち、三本の炎の槍が装甲を貫いた。
「俺が指示を出さなくても、問題はなさそうだな」
頼れる仲間に守られながら、三人はようやく行き止まりになっている広いルームに到着した。
「より安全に休めるように、ちょっと細工をしてくる」
「……アルが一番休まないといけないんだけど?」
「ゆっくり休むためには必要なんだよ」
そういって入り口に近い通路に数本の紐を張り巡らせていく。
紐は地面から二〇センチくらいの高さに張っており、一方の壁際には揺れると音が鳴るように木の板が吊るされていた。
「こうしておくと、魔獣が近づいた時に早い段階で気づくことができるだろう?」
「アル様は色々なことを知っていらっしゃいますね」
「森の中ででも暮らしてたんじゃないの?」
リリーナが感心した声を漏らし、クルルは呆れ声で冗談を口にする。
だが、クルルの冗談は冗談とは言い切れなかった。
アルベルトとして騎士団を率いた時には森の中で数日間生活することも多くあった。
その時に森のいたるところに罠を設置していた経験を活かしたのだ。
「さて、それじゃあ少しだけ今後のことを話し合い、今日は休もうか」
アルが話し合いを促すと、クルルがルームの中央に焚き火を作るとそれを中心に車座になる。
「今回のパーティ訓練では目標を三つ立てている。最高進出記録である八階層の突破、魔法装具として使える素材の確保、ダンジョンの中で最終日まで過ごす。この中で現実的に達成できそうな目標はどれだと思う?」
「そうですねぇ……三つ目のダンジョンの中で最終日まで過ごす、でしょうか」
「そうね。それなら五階層で素材を集めながら明後日まで時間を潰せば達成するだけならできるわね」
「だが、それでは面白くはない」
アルは言い切ると二人の反応を伺い、二人が大きく頷いているのを確認して話を続ける。
「ならば、最終日まで過ごすことは確定事項として、残る二つの目標について考えてみようか」
「そうは言われましても……」
「魔法装具として使える素材を確保するのと、八階層の突破は同じじゃないの?」
階層が深くなればなるほど魔獣が強力となり、伴って素材も上質になっていく。
魔法装具として使える素材ともなれば、八階層やさらに深い階層に行くことは必ず必要になってくるはずだ。
「……なら、八階層の突破は諦めて、八階層までは行くってことでどうだろう」
「八階層まで、行くんですか?」
「あぁ。その途中で魔法装具として使える素材が手に入れば問題はないが、なければ最高で八階層を目指す」
「キリアン様が攻略できなかった八階層なら、もしかしたら素材があるかもしれないもんね」
「そういうことだ。それでも手に入らなければ、安全を考えて地上に戻ろう」
新たな目標を設定した三人は、見張りの順番を決めた後に休憩に入る。
最初はクルルが見張りに立ち、次にアル、最後がリリーナ。
クルルとリリーナはアルの決定に頷いてくれたが、アルは内心でホッとしていた。
真ん中の見張りは最初と最後に比べてまとめて休むことができないので敬遠されることが多い。
二人はそのことを意図して頷いたわけではなく、単純に知らなかっただけだ。
そのことに雰囲気から気づいているアルは何も言わず、二人に感謝を口にして目を閉じたのだった。
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