第53話:ダンジョン・三階層④

「次からの戦闘で、俺は指示を出さないことにする」

「……えっ?」


 アルの提案は、リリーナへの指示を一切行わないというもの。


「これは荒療治だが、安心してほしい。本当に危なくなった時には必ず助ける」

「でも、私の判断がお二人を危険に晒すことになるかもしれないのです、よね?」

「もちろんそうだ。自己判断をするということは、その判断に責任を持たなければならないからな」

「……そう、ですよね」

「ちょっと、アル。いきなり過ぎるんじゃないの?」


 大きく肩を落としてしまったリリーナを見かねてクルルが間に入ったのだが、アルは自分の提案を曲げようとはしなかった。


「親の指示の下でずっとやっていくと言うなら俺は構わない。だがこれから先、リリーナが自分で判断しなければならない時が必ずやってくると俺は思う。その時になって悩むよりも、助けが期待できる今、この状況で試してみてもいいと思うんだ」

「……これから先、ですか」

「あぁ。リリーナは、ずっと親の下で暮らし、指示を待って何もかも決めていくつもりなのか?」


 口には出さなかったが、リリーナははっきりと首を横に振った。


「ダンジョンと地上では全く違うだろう、それは分かっている。だけど、自分で判断を下すということに慣れていてほしいんだ。ここで判断ができるようになれば、危険のない地上での判断なんてすぐにできるようになると思わないか?」

「アル、それは暴論じゃないの?」

「例えの話だよ。クルルなんて商人の娘なんだから、色々と決断することは多いんじゃないか?」

「……そうなのですか、クルル様?」


 いまだに決断しきれないリリーナがクルルへと視線を向ける。


「どうだろう。まあ、父さんからは商品の値段付けだったり、目利きの練習で色々とやらされているけど、それも決断ってことになるのかな?」

「当然だろう。商人にとって値段付けは売り上げに直結するものだからな。今の内から鍛えているってことだろう」

「……そうなのですね。……分かりました、やります!」


 クルルの話も聞き、リリーナはすぐに決断してくれた。


「本当に大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ、クルル様。私もみんなの役に立ちたいし、いざという時に何もできないのは嫌だから」

「ありがとう、リリーナ。さっきも言ったが、何かあれば絶対に助けるし、カバーするから――っと、話は終わりみたいだな」


 アルがリリーナの決意を称賛していると唐突に話を終わらせた。

 その視線がルームの入り口を向いていることに気づいた二人にも何があったのかはすぐに理解できた。


「……お出ましだ」

『……ウッホ?』


 入り口から現れたのは初見の魔獣であるブルコング。

 漆黒の体毛に覆われた肉体は筋肉で浮き上がり、鼻息荒く三人を見据えている。


「情報の共有だ。ブルコングの体毛は太く硬いことで防御力に秀でている。そして、見た目にも分かるように力もあるから、攻防優れた魔獣で浅い階層でも危険視されている魔獣だ」

「私の火力で倒せそう?」

「体毛の薄いお腹の部分に直撃させられればいけるだろう。だが、それ以外の部分だとダメージはあまり期待できないだろうな」

「それじゃあ、援護はリリーナに任せて、私は攻撃に専念、気を引く役目をアル任せてもいいかしら?」


 情報を確認したクルルがそれぞれの役割を指示していく。


「……クルル」

「こ、これくらいならいいじゃないのよ! 初見だし、役割を決めるのは自己判断とはまた違うでしょう?」

「……まあ、そうだな」

「クルル様、ありがとうございます!」

「それじゃあ、役割も決まったことだし――いくぞ!」


 アルは掛け声に合わせて一気に加速。

 間合いを詰めながらファイアボールを放ち攻撃を加えていく。

 右腕でファイアボールを防いだブルコングは、迫るアルを吹き飛ばそうと左腕を薙ぐ。

 ブルコングの間合いに入る直前に後退して回避したアルは、即座にクエイクを発動させて足場を崩す。


『ウッホホーッ!』


 地面の違和感に気づいたブルコングは足場が崩れる前に飛び上がりクエイクを回避、着地と同時に四肢を利用してアルへと迫る。


「――アースウォール!」


 ルームに響いてきたのはリリーナの自信にみなぎった声。

 アルとブルコングの間にある地面を突き破り土がせり上がると五〇センチほどの厚みがある土の壁が形成された。

 目の前に突然現れた土の壁に驚愕しながらも足を止めて激突を避けることに成功したブルコング――だが、すでにリリーナの思惑の上だった。


「「ウッドロープ!」」


 リリーナとアル、二人が同じタイミングでウッドロープを発動させると、両手両足を二本ずつで縛り上げる。

 強引に引きちぎろうと力を込めたブルコングだったが、二本のウッドロープを引きちぎるには時間が掛かり、それをクルルが待つはずもない。


「あんたの弱点、丸見えなのよね――メガフレイム!」


 手加減なしで放たれたメガフレイムはブルコングのお腹に直撃後、大爆発を巻き起こし炎と砂煙が舞い上がる。

 警戒しながら視界が晴れるのを待っていた三人は、地面に横たわり絶命しているブルコングを確認した。


「……リリーナ、素晴らしい判断だ!」

「やるじゃないの、リリーナ!」

「アル様、クルル様……ありがとうございます!」


 これでまた一つ、アルの懸念は解消されたのだった。

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