第52話:ダンジョン・三階層③
ゴーストナイトとの遭遇を機に、魔獣の数が一気に増加した。
クルルが攻撃を担っているものの手が回らず、アルも前線に出て積極的に魔獣を狩っている。
リリーナはここでも援護の役割で周囲を警戒し、打ち漏らしがいるとそちらめがけて魔法を放っていた。
この打ち漏らし、実のところアルが意図的に行っている。
クルルだけでは手が回らない数なのだが、アルが加われば問題にはならない。
そうなるとリリーナは本当に援護のみに終始し、貴重な経験を積むことができなくなってしまう。
「リリーナ、右だ!」
「は、はい!」
指示を飛ばしながらリリーナにも魔獣を討伐させ、疲れが見えてきたクルルを後退させると一時だがリリーナを前に出させることもしている。
「落ち着いて魔獣を見て、そこに魔法を放つ。大丈夫、できるさ」
「は、はい!」
アルの見立てでは、クルルはすでに魔獣とダンジョンに順応している。
だが、リリーナはまだわずかに恐怖を感じているように見えた。
臆病、ではなく慎重、なのだろう。
臆病であれば指示を飛ばしたとしてもすぐに動くことができないことが多い。
その点リリーナの反応はとても速く、クルルよりも瞬発力はあるかもしれない。
魔獣の群れを掃討し、周囲にその気配もないと判断したアルは一度休憩を取ることにした。
「……ここが良いか」
アルが選んだ場所は行き止まりで少し広めのルームだった。
「ここなら入り口が一つだから魔獣が侵入してきてもすぐに見つけることができるからな」
そのように説明すると、アイテムボックスからサンドイッチを取り出した。
「これは、どうしたのですか?」
「母上が持たせてくれたんだ。三人分あるから、みんなで食べよう」
「ラミアン様の手作りサンドイッチ……なんだか、もったいなくて食べられないんだけど」
「食べなかったら腐るだけだが?」
「た、食べるわよ! 貴重なものの例えじゃないのよ、もう!」
ラミアンが作ったサンドイッチがなぜ貴重なものなのか、身内だからかその貴重さが全く分からないアルにとっては疑問しかない。
だが、クルルにとっては貴族が手ずから作ったというだけで貴重なものなのだ。
「さて、それじゃあ食べながらでいいから聞いてほしい」
「何を……聞くの?」
「……食べながら聞くのはいいが、喋るのは飲み込んでからな?」
溜息混じりにそう呟き、アルはそのまま説明を始める。
「ちょっとした反省会だよ」
「な、何かしてしまいましたか?」
「いや、間違いがあったわけじゃない。もう少しこうしてくれたらより効率よく動けるとって話かな」
「ほうほう、何だか面白そうな話だね」
サンドイッチを飲み込んだクルルも食いついてきたので、まずはそのクルルについての話を始めた。
「クルルは魔法の選択もばっちりだし、的確に魔獣に当てることができている」
「ま、まあ、当然でしょうね!」
照れ隠しで胸を張る仕草をしているが、バレバレである。
「しかし、魔力量を無駄に使っているところが多くみられる」
「魔力量? 無駄にって、そうかしら?」
「あぁ。威力を落としても倒せる魔獣に対して、不安なのかやや過剰な威力で攻撃しているってことだ。そのせいか、魔力消費が速過ぎるんだ」
「だから先ほどは途中で私と入れ替えたのですか?」
「そういうことだ。クルルは俺たちの攻撃の要だから、少しだけ魔力を節約することを覚えてほしい」
「……分かった」
クルルにも思い当たる節があったのか素直に頷いている。
続いてアルはリリーナの反省点を話し始めた。
「リリーナは自己判断ができていないかな」
「……はい」
「自覚はあるのか?」
「その……そうですね」
「そうか……なら、安心かもな」
「……えっ?」
自覚があるから大丈夫、とはどういうことだろうかとリリーナはきょとんとしながらアルを見つめている。
「自分の反省点を理解しているなら、そこを改善するのは容易だろう?」
「……そうでも、ないのです」
「その様子だと、結構前からそう思っていたのか?」
「……はい。私は、親の言う通りにして今日まで過ごしてきました。そうすることで何不自由なく生活できましたし、魔法学園にも入学できました。親にも褒められましたし、これでいいと思う時もありました。でも……」
「でも、どうしたの?」
クルルもここまで深い話をリリーナとしたことがなかったので気になったようだ。
「……アル様やクルル様と出会い、パーティを組んで訓練を行い、自分で考える時間が増えたことで、これでいいのかなって思い始めたんです。ですが、今まで自分で考えるということをしてこなかったからか、何をどうしたらいいのか全く分からないのです」
話を聞いたアルは、リリーナの自己判断の欠如は生活環境によるものだと理解した。
そして、そうなると簡単には改善は難しいとも。
「体に染みついた環境を変えることはそう容易いものではないか」
「……申し訳ありません」
「いや、リリーナが謝ることじゃないし、親なら当然そうするさ。だが、そうなると……」
突然黙り込み思案を始めたアル。
その様子を固唾を呑んで見守っている二人。
しばらく無言の時間が続いた後――アルは一つの提案を口にした。
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