第50話:ダンジョン・三階層

 三階層へ向かう階段を下りながら、三人はパーティ訓練の予定を再確認していた。


「今日は潜れるだけ潜る。その時点で明日の予定を立てて、最終日は帰還するだけだ」

「も、潜れるだけ……」

「そうは言っても、アルの中では今日の目標があるんでしょう?」

「そうなのですか?」


 不安な声を出していたリリーナだったが、クルルの言葉を聞いて視線をアルに向けている。


「そうだな。一応、俺は今日で七階層には到達したいと思っている」

「「な、七階層!?」」

「そうだ」

「そ、そうだって、あんた、そんな簡単に七階層まで行けるわけないでしょう!」

「アル様、それはさすがに無理があるのでは?」


 七階層といえば、キリアンが一年次に到達した八階層の手前である。

 当時のキリアンでも準備をしっかりと行い、ダンジョンに泊りがけでようやく到達した八階層だ。

 その手前とはいえ、七階層に初日で到達したいというアルの目標には二人とも否定的だった。


「目標は高く持つ方がいいだろう。言っておくが、本当は八階層と言っておきたいところなんだぞ?」

「……あんた、正気なの?」

「混乱しているように見えるか?」

「……なんだか、アル様が鬼に見えてきました」


 アルが本気だということを理解した二人からは大きな溜息が聞こえてくるが、なんの根拠も理由もなく七階層と言っているわけではない。


「キリアン兄上でも八階層より先には行けなかった。単純に時間の問題だったならいいんだが、それ以上に手ごわい魔獣がいたとなれば、攻略に時間が掛かる可能性も少なくない。ならば、今日で手前まで下りて明日に備えておくことも必要じゃないかと考えたんだ」

「……まあ、一理あるけどさぁ」

「それに、俺たちなら行けるんじゃないか? 七階層」

「……何か根拠でもあるのですか?」

「単純に実力で行けると思っているんだがな」

「「……それはないのでは?」」


 リリーナもクルルも自分の実力が高いなどと思ってはいない。

 それはFクラスだからというだけではなく、自分のレベルを見て客観的に判断してそう思っている。


「うーん、そうでもないんだよなぁ。攻撃力でいえばレベル3を持つクルルがいるし、多様な魔法でいえばリリーナ様がいる。俺だってレベル1だけど全属性持っているわけだし。一人では難しくても、協力することができればAクラスにも負けないと思っているぞ」


 実を言えばアルには魔力融合があるので攻撃にも回れるのだが、そこはあえて口にしなかった。


「……もちろん協力はするし、そうしないといけないってのは分かるけど」

「……ですが、なんだかやれる気もしてきましたね」

「気持ちで負けていたら絶対に目標を達成することなんてできはしない。まずは気持ちから、そうするだけでも普段と同じように魔法も使えるし、動くこともできるさ」


 あの場面でアルが何でもできると言ってしまうと、二人が自信を得る前にアルがいれば、と勘違いさせてしまう。

 実際に魔力融合を見せたこともないので、しばらくは黙っていてもいいかとも考えていた。


「……そ、そうですね、頑張ります!」

「……よし、もう弱気になるのは終わりにしよう! 私はやれるんだからねー!」


 声に出すことで意識付けも行い、二人は顔を見合わせて何度も頷き合っている。

 そして、このタイミングで階段の終わりが見えてきた。


「……ここからは三階層だ。初見の魔獣がまた現れるだろうけど、落ち着いていこう」

「「はい!」」


 アルの言葉に元気よく返された返事を聞いて、満足そうに前を向いた。


 三階層に降り立った三人は周囲を警戒しながら進んでいく。

 ここまで来ると他のパーティの戦闘音が聞こえてくることもなく、静寂が周りを包み込んでいる。

 異様な雰囲気に飲まれそうになるが、その度にお互いの顔を見合い気持ちを保たせている。


 ――ガシャン。


 すると、奥の通路から地面に硬い何かが当たったような音が響いてきた。

 足を止めて音の正体を待ち構える。

 クルルが杖を通路の先に向け、その横にアルが立ちナイフを構える。リリーナは二人の後方で援護の準備を整えていた。

 足音の正体が曲がり角から姿を現すと、上層までに遭遇してきた魔獣とは明らかに異なる見た目に驚愕する。


『……ココォォォォ』

「ゴーストナイトか!」


 中身のない、ひとりでに動くフルプレート。

 二メートル程の大きさ、右手に剣と左手に盾を持つゴーストナイトは遠距離攻撃を持っていない。

 そのため、魔法で圧倒できれば楽に倒せる魔獣なのだが、接近を許してしまうと至近距離での防衛手段を持たない魔法師としては危機的状況に追い込まれてしまう。


「クルルはメガフレイム! リリーナはウッドロープ! どれも最大出力だ!」

「「は、はい!」」


 呼び捨てにするくらいに鋭い指示に二人は即座に返事をしながら魔法を発動する。

 だが、ゴーストナイトもその時点ですでに走り始めていた。

 二人の魔法が先か、ゴーストナイトの接近が先か――否、アルとゴーストナイトが対峙するのが先だった。


「俺が時間を作る、二人は俺に構わず魔法を放て!」


 返事を聞くこともなくアルはさらに加速――ゴーストナイトの間合いに侵入した。

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